土壌微生物のことを知るのは面白い

立花隆さんのマザーネイチャーズ・トークという本があります。1990年頃、新潮社から「マザー・ネイチャーズ」という雑誌が出ていて、その中で立花隆さんと当時現役だった科学者との対談をまとめたものです。

昔を懐かしむのは、年をとった証拠なのかもしれませんが、出版不況といわれる今と違ってまだ雑誌が売れていた時代です。話の中味がとても濃くて面白くて少しむずかしい。

一般に本の活字が大きくなり、中味がペラペラに薄くなったのは、1995年にwindows95が発売されてインターネットが始まってからのことかもしれないなあと改めて思い出しました。

この本の中で最後に登場するのは、当時、東北大学遺伝研究センター環境情報研究部門教授だった服部勉さんです。服部先生は、土壌微生物学が専門の方です。

1990年代初めというのは、有機農業に関心が集まり、微生物資材のEM菌の本がたくさん売れた頃です。私も買いました。

土壌微生物学

服部先生が大学を卒業する1955年頃の土壌微生物学は、日本ではまだ未知の分野で、戦後の日本ですから農業が大事で農業に関係する基礎科学が必要だという空気があったようです。土壌微生物学は、農業に役立つのではないかという期待がありました。

しかし、欧米では、微生物を使った農業革命への期待と農業に役立つ微生物を使って一儲けできるのではないかという科学と投機がごちゃ混ぜになった時期が終わり、病原菌や抗生物質の研究が進む一方で、土壌中の微生物の研究はやればやるほど分からないという状態になっていた時期でした。

微生物とともに-ストレプトマイシンは土の中からで書きましたが、ワクスマンが土壌中の放線菌から結核の特効薬ストレプトマイシンを発見したのは1943年のことです。

土壌微生物学の問題

土壌微生物学の問題は、土壌微生物が培養できないということでした。

平板法という培養方法があります。簡単に説明します。まず、微量の土を水で洗って、微生物を水の中に拡散させます。その水をスポイトでとって培地で増殖させ、目に見えるような集団(コロニー)にします。そのコロニーから一部を採って、別の培地に移します。その過程を繰り返せば、やがてある微生物だけを単離できるという培養方法です。

ところが、土壌微生物はうまく培養ができないので、コロニーから数えた総数よりも、顕微鏡で同じサンプルを観察すると、いつも培養した総数の100倍くらいは微生物が見えるのです。つまり、培養できるのはせいぜい1%程度しかありません。

これは嫌になりますね。

目の前の土の中に一体どれだけの微生物がいるのか正確に測定することができなかった。だから、土の中の微生物の実態がつかめなかった。

土壌微生物を農業に生かそうとすると、たとえば酒の発酵に役立てる菌を探すのと比べるとやるがかなり違います。酒を発酵させるなら、器具を消毒して材料も蒸して発酵するのに関係がない菌はゼロとはいわないまでも相当に減らすことができます。つまり環境がコントロールできるので、実験は簡単にできます。

しかし、農業の場合は、土が相手ですから、有効らしい微生物が見つかっても土の中にどのような微生物が生きているのか分からないと、うまく働くのかそうでないのかは分かりません。再現性を期待できるような実験ができないのです。

たとえば大腸菌は20分程度で分裂します。土壌微生物学以前の微生物学の常識では、微生物は有機物を栄養として増殖するものだということが定説になっていました。

ヴィノグラドスキーというウクライナの土壌微生物学者は、微生物は増殖する培地に無機物を使って成功させ、この定説を覆しました。

そして、ヴィノグラドスキーは、土の中の微生物には二種類あって、一つは人間のつくった培地の中で容易に増殖できる発酵型のもの。もう一つは容易に増殖しないもので、土壌固有型とし、土壌固有型の方が圧倒的多数だとした。

土壌微生物には、培養できないものがどれぐらいあるのか分からない。なぜ培養できないのかも分からないというのが1990年頃の土壌微生物学の状態でした。

どんなところにも微生物はいる

微生物は密度の差はあってもありとあらゆるところにいます。pH10以上のアルカリ下でもpH1の酸性下でもいます。100℃以上の環境を好むのも、数百気圧の環境を好むものもいるそうです。

土は団粒といって指でつぶすとポロポロと壊れる固まりの集まりでできています。その団粒はもっと小さな土壌粒子が集まったもので、土壌粒子はさらに小さい粘土粒子できています。

土1gの中には40~50億くらいの微生物が棲んでいるらしいのですが、わずかな所にひしめき合って生きているのかと思ったらそうではないのだそうです。

土には孔隙(こうげき)という比較的大きな隙間があって、その他に微細な毛管孔隙が数百億もあります。単純計算で毛管孔隙10個に対して細菌1個以下という割合になります。空間の広さは2~3ミクロンぐらい。細菌の大きさは、0.5~2ミクロンなのでちょうどよいすみかになります。しかも、毛管孔隙を全部広げると、1gの土の中には数平方メートル(4畳半から6畳くらい)の粘土粒子の表面があるそうです。すごいですね。

その中で細菌は、容易に増殖せず、静かにひっそり暮らしているのが圧倒的多数なのだそうです。

日常的にヨーグルトを発酵させていると、何となく菌の扱いは簡単なのではないかと思ってしまうのですが、1gの土の中に一体どのくらいの種類の菌がいるのだろうと考えると、そんな傲慢なことを思ってはいけないと思いました。

1gの土の中の菌の世界はとても広いのです。

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