乳酸が発見されて疲労物質となるまで

この記事では、乳酸が発見されてから乳酸学説によって乳酸がエネルギー代謝に深く関係していると思われていた時代までを調べて、なぜ乳酸が疲労物質だと考えられたのか書きます。

sour milk

乳酸について、疲労物質だといわれてきて、体にはなんとなく不要で代謝されるべきものなのだと思っていました。

しかし、一方、乳酸菌は乳酸をつくります。ヨーグルトや漬けものは乳酸発酵ですから、食べると乳酸も一緒に食べることになります。こちらは、体にとてもよいイメージがあります。

同じ乳酸なのにどうしてこれほどイメージに違いがあるのか。

こういう時は、歴史をひもといて発見の順番を知るといろんなことが分かるものです。

乳酸の発見

生化学の黄金時代には次のように書かれていました。

乳酸は最初サワーミルクから発見された

そもそもの始まりは、酸素や塩素の事実上の発見者として知られるスウェーデンのカール・ウィルヘルム・シェーレが一七八〇年にサワー・ミルクから乳酸を単離したことにある。

大化学者ベルツェリウスは、シカの筋肉中にその乳酸が存在することをつきとめた(一八〇七年)。乳酸がグリコーゲン由来であることを示したのは、ホッペ=ザイラーとクロード・ベルナール(一八七七年)である。

サワーミルクとは、ヨーグルトのように発酵させたミルクのことですが、本によっては腐った牛乳から発見したとも書かれていました。シェーレが乳酸(lactic acid)と名前をつけたそうです。

シェーレ(Karl Wilhelm Scheele)ベルツェリウス(Jöns Jacob Berzelius)とクロード・ベルナール(Claude Bernard)は、ついては人名に貼ったリンクをご覧下さい。ウイキペディアの記事に飛びます。

筋肉からも発見

引用した生化学の黄金時代にはシカの筋肉中に乳酸が存在するのをつきとめたのが1807年とだけ書かれていましたが、他の文献、たとえば、筋収縮における乳酸の役割を読むと、もう少し詳しく書かれていました。

19世紀に入ると,乳酸は血液や新鮮な牛乳にも存在することが確認されるとともに,筋収縮との関連についても注目されるようになり,1841年には,Berzelius(筆者注:ベルツェリウス)がLehmann宛に,「疲労した筋の中に乳酸を発見した」との手紙を送ったといい伝えられている.

少し詳しく調べてみたのは、なぜ、サワーミルクに入っていた乳酸が、シカの筋肉から発見されることになったのだろうと思ったのです。こういうのは必ず順番があります。

なぜ筋肉に乳酸があると思われたんだろう?

筋肉から乳酸が発見される前に、血液や新鮮な牛乳からも発見されていました。なるほど。

酸っぱくなった(腐った?)牛乳から乳酸が発見されただけだと、腐敗によってできたのかと思います。しかし、新鮮な牛乳から発見され、血液からも発見されると、体の中に乳酸があるらしいことがわかります。筋肉の中から発見されても不思議ではなくなります。

そして、1841年には、疲労した筋肉に乳酸が発見されていたのです。このことは乳酸が疲労物質だといわれるようになる下地になります。

乳酸菌からつくられることも発見

さらに、乳酸をつくる乳酸菌については、ウイキペディアのLactic acidにこのように書かれていました。

1856年、ルイパスツールはラクトバシラスとその乳酸製造における役割を発見しました。乳酸は、1895年にドイツの薬局Boehringer Ingelheimによって商業的に製造され始めた。

パスツールは発酵が微生物の働きであることを発見した人です。

1856年に、パスツールによって(乳酸菌の一つ)ラクトバシラス(Lactobacillus)が乳酸をつくることが発見されたとあります。私はいつもラクトバチルスと書いているので、ラクトバチルスでいきます。

もともと乳酸はサワーミルクから発見分離されたものでした。

乳酸をつくるのがラクトバチルスだと特定されるのは自然な流れです。

そして、乳酸は、19世紀末に商業的に製造されるようになっています。乳酸菌を培養すればたくさん安価に乳酸が得られるようになったのでしょう。乳酸の用途は別記事に書きます。

乳酸学説

乳酸の発見はサワーミルクからでした。筋肉から発見されなければ、疲労物質と呼ばれるようにはならなかったでしょう。

当時、筋肉を動かすエネルギー源は何だろうと興味を持たれて注目されたようです。

筋肉疲労と乳酸

筋収縮における乳酸の役割には乳酸が疲労物質と考えられていく過程が短くまとめられています。

乳酸の生成が持つ生理学的な意義については,20世紀初頭に明らかにされた.

1907年にFletcher(筆者注:フレッチャー) and Hopkins(筆者注:ホプキンス)(1907)は,低酸素下においてカエルの筋を収縮させると,筋中乳酸濃度が約10倍に増加することを報告し,この論文が乳酸と筋疲労との間に因果関係があるとする考えの発端となった.

筋における乳酸の存在は明らかになったものの,当時,エネルギー代謝との関連については,ほとんど分かっていなかった.

骨格筋は他の組織と比べ,短時間に多量のエネルギーを消費する組織であるため,エネルギー代謝のメカニズムを探る生化学者の恰好の実験材料となり,彼らの研究は乳酸の生成過程の解明につながった.

1922年に,「筋中の酸素の消費と乳酸産出の関係」の研究でノーベル賞を受賞したMeyerhof (筆者注:マイヤーホフ)とHill(筆者注:ヒル)の貢献は特に大きく,彼ら2人の研究により,糖が乳酸に変換されるまでの詳細が解明された.

この当時、乳酸という物質については分かっていました。しかし、エネルギー代謝と乳酸との関係については分かっていませんでした。

栄養学を拓いた巨人たちにこのあたりの事情が書かれていました。

動物の身体の大部分は筋肉であり、力と仕事は筋肉のはたらきで生み出されていることはいうまでもない。

したがって筋肉は、古くから生化学の主要な実験対象であった。

筋肉が仕事エネルギーを発生するまでには、いったいどんな物質が関与しているのだろうか。多くの研究者がこの問いに挑み続けてきた。

リービッヒは筋肉中のタンパク質が分解して、筋収縮のエネルギー源になると考えた。だが、この考えはウィスリツェーヌスらのアルプス登山実験で否定された。

その後は、エネルギー源の本命と思われる物質は、次第に糖質に絞り込まれてゆく。

クロード・ベルナールは、消化管から取り込まれたブドウ糖が肝臓でグリコーゲンとなり、グリコーゲンは肝臓で分解されてブドウ糖になり、血液中に放出されることを発見した。

さらにベルナールは、筋肉中にある「乳酸」の起源がグリコーゲンにあることを示した。

エネルギーはブドウ糖が乳酸に変化する化学反応から得られる?

今は、ブドウ糖が細胞のエネルギー源になり、解糖系からTCA回路に送られATPをつくることが中学生や高校生の教科書に書かれています。しかし、当時は、何も分かっていなかったのです。

ただ、エネルギー源の本命はブドウ糖であり、筋肉を動かすと乳酸が増えてくることは分かりました。

そこから考えられることは、筋収縮のエネルギーは、ブドウ糖が乳酸に変化する化学反応から得られるのではないかということです。これは乳酸学説と呼ばれました。

マイヤーホフ

乳酸学説に貢献したのは、マイヤーホフ(Otto Fritz Meyerhof)です。

マイヤーホフが登場する以前、フレッチャーとホプキンスは低酸素下でカエルの筋肉を収縮させると、筋肉中の乳酸濃度が約10倍に増加することをつきとめました。

さらに、ヒルは、筋肉が収縮するときに発生する熱を測定しました。熱はもちろんエネルギーです。

熱の発生には初期発生と回復期発生の二つがあり、初期発生は酸素のあるなしにかかわらず一定、回復期の熱発生は酸素がある場合にだけみられることを明らかにしました。

再び、栄養学を拓いた巨人たちからです。

マイヤーホフは1884年、ドイツのハノーバーで商人の子として生まれた。ハイデルベルグ大学で医学博士の学位を取り、精神科の医師となったが、生化学者ワールブルグの勧めで生化学者に転身した。

キール大学に勤務していた1919年から1922年の間、彼は立て続けに次の発見をなしとげた。

  1. カエルの筋肉に生成される乳酸の供給源は肝臓のグリコーゲン(ブドウ糖)である。
  2. 乳酸の生成量は、筋肉がした仕事の量に比例する。
  3. 酸素中では、生成された乳酸の大部分はもとのグリコーゲンに戻る。

つまり、肝臓のグリコーゲンから筋収縮という仕事によって筋肉中に供給された乳酸は、血流で肝臓に戻り、グリコーゲンに合成される。

そしてブドウ糖に分解され、血流で筋肉に戻されるということになる。

乳酸はエネルギーではありませんが、ブドウ糖が変化した結果として乳酸が生成される。しかも筋肉が使われるほどその量が増えます。

そして、酸素があれば、乳酸は肝臓でグリコーゲンに戻って、もう一度ブドウ糖に分解されて筋肉に送られるという仕組みです。

しかし、この乳酸学説は10年経たずに間違いであることが分かります。乳酸は糖代謝の最終物質ではありませんでした。

解糖系の発見

現在では、ブドウ糖の代謝は、細胞質ゾルで解糖系によってピルビン酸まで分解され、その後アセチルCoAがミトコンドリアのTCA回路に入り、さらに電子をやりとりする電子伝達系によって、エネルギーであるATPが作られることが知られています。

解糖系で一般的に知られるのは、エムデン-マイヤーホフ経路です。

マイヤーホフは、乳酸学説でノーベル賞を受賞しましたが、間違いを認めて、解糖系の反応経路の発見に寄与しました。

しかし、解糖系が発見されたあとも、筋肉を収縮させると乳酸ができることには変わりがなく、1907年にフレッチャーとホプキンスが発見した、乳酸と筋肉疲労の関係がつい最近まで当然のことと思われていました。

まとめ

乳酸はもともとサワーミルクから発見されましたが、じき、筋肉からも発見され、特に疲労した筋肉には乳酸の量が多いことが分かりました。

もちろん、サワーミルクから発見される原因になる乳酸菌が乳酸をつくることも、この時代に発見されました。

その当時、筋肉を動かすエネルギー源について分かっていなかったので、グリコーゲンがブドウ糖に分解され、それが乳酸になる反応がエネルギーを生み出す、乳酸学説が注目されました。

しかし、10年足らずのうちに、それが間違いであることが判明します。

ただ、筋肉をよく動かし酸素が不足した状態では乳酸濃度が高くなることには変わりがないので、今世紀になるまで、乳酸は疲労物質だと考えられていました。

2004年頃、乳酸は疲労物質ではないという論文が出て、現在ではそれが主流の考えになっているようです。それについては記事を改めたいと思います。

乳酸に興味をもったきっかけは、乳酸菌からです。発酵のことを知ると、酵母との関係(乳酸菌が増えてから酵母が増える)からなぜ、乳酸菌は乳酸をつくるのだろうと思うようになるのです。

乳酸菌は酵母を増やすために乳酸を作っているわけでなく、自分が生きていくために糖を代謝して乳酸を作っているのです。乳酸菌は酵母と違ってミトコンドリアを持っていません。乳酸が最終代謝物です。

乳酸菌が糖を分解して乳酸をつくるのはエネルギー獲得のためという記事に書きました。

失敗せずに自作ヨーグルトができるのは、乳酸菌の出す乳酸のおかげです。しかし、一方で乳酸は筋肉の疲労物質ともいわれています。同じ乳酸なのにどうしてこんなに扱いが違うのでしょう。乳酸菌の乳酸も筋肉の乳酸も全く同じ仕組みでできています。
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