酵素資源余話-酵素のおもしろさを尋ねて

酵素資源余話―酵素のおもしろさを尋ねてを読みました。

酵素資源余話
東北大学出版会
¥92(2023/12/16 19:42時点)

著者の一島英治氏は東北大学の名誉教授でいらして、50年以上酵素の研究に携わってきた方です。この本は東北大学出版会から出ていました。本の内容はきっと専門書ほどむずかしくはないですが、私のような者には少々むずかしい。農学部の学生さんに向けて書かれたのではないかと思います。

テレビでは毎日のように酵素のCMをやっていて、ネットでも酵素の広告を見ます。酵素ということばはとても一般的なものになりました。ただ、健康によい酵素は、発酵食品ですが、化学的な酵素ではないです。この辺は、また改めて書いていきます。

この本で面白かったことを2つ紹介しましょう。

日本酒は並行複発酵によってアルコール度数が上がる

本の中では麹(こうじ)と日本酒について書かれている箇所がありました。酒好きの私には興味津々で、知っているようでよく知らなかったことが分かって面白かったです。

アルコール発酵は、酵母が糖を分解してエタノール(エチルアルコール)と二酸化炭素をつくる反応です。この反応は、酸素を必要としない嫌気的反応です。これは確か中学生の時にも習いました。

日本酒は、米、麹、そして水から発酵させるのが基本です。

仕組みとしては、蒸したお米に麹菌を植え付けて、蒸し米が麹になっていきます。麹菌はアスペルギルス・オリザエという名前がついています。和名はコウジカビ(麹黴)。

蒸し米が麹になる過程で麹菌がデンプン分解酵素を出し、デンプンがブドウ糖や麦芽糖に分解されていきます。その糖を原料として、酵母がアルコールを生産します。

このデンプンを糖化しながらアルコール発酵を行う仕組みを「並行複発酵」といいます。

この並行複発酵のおかげで日本酒は醸造酒としては、世界一高いアルコール濃度なのだそうです。初めて知りました。蒸留酒(焼酎やウイスキー)でなく醸造酒です。発酵させたままの酒としては一番アルコール度数が高い。確かに日本酒によってはアルコール度数が20%くらいなのがありますね。

ワインはせいぜい15%程度、ビールは5%くらいです。

しかも、私はアルコール発酵は嫌気的反応と習ったのに、開放型(酸素が入ってくる)発酵槽で日本酒は発酵させられるのです。

少し詳しく調べてみたら、かの有名な八海山のサイトにとても詳しい内容の八海山の酒造りが出ていました。さすがです。

蒸したお米は、麹菌を植え付けて麹にするのと、もう一つ酒母を作るのに使われます。酒母とは酵母のことで、酵母菌だけを大量に培養しているのです。酒母は麹、乳酸、酵母菌、蒸米を仕込み水に仕込んで発酵させ、麹菌や乳酸菌の力を借りながら、酵母が増えていきます。酒母は「酛もと」と呼ばれます。

麹、酒母ができて、次が酒造りの中心、醪(もろみ)の工程です。醪ということば自体は、酒を造るための原料が発酵した柔らかい固形物のことをいいます。

醪の仕込みは、「三段仕込み」と呼ばれる方法をとります。酒母に、麹、水、蒸米をそれぞれ、初添え、仲添え、留添えと3回に分けて、だんだんに仕込み量を増やして仕込んでいきます。

醪を三段に分けて仕込むのは、もちろん理由があります。酵母の繁殖を待ちながら仕込んでいるのです。一度に全量を入れてしまうと、酵母の濃度が薄まり、また酒母にある乳酸で雑菌や野生酵母の侵入を防いでいる仕組みが壊れてしまうのです。醪は開放された、空気に触れる状態で仕込まれます。いつも酒母の数が多く、順調にアルコール発酵が進むように配慮された行程です。

こうやって書いてきて、日本酒が飲みたくなってきました。

日本酒について他にも記事を書いています。日本酒についての記事をお読み下さい。

高峰譲吉が世界初の酵素工業をひらいた

もう一つは、タカジアスターゼを発明した高峰譲吉です。酵素「工業」というのですから、酵素を大量に作る方法を発明したのです。

タカジアスターゼを発明したのは、1894年。今から120年前のことです。タカジアスターゼは、アミラーゼの一種、ジアスターゼのことです。

タカジアスターゼは当初、ウイスキー製造に役立てようと考えられていました。そのウイスキーが原料がトウモロコシだと書かれていたので、バーボンウイスキーなのでしょう。

バーボンウイスキーの製法を調べてみると、ウイキペディアにありました。

主原料は51%以上80%未満のトウモロコシ(80%以上のトウモロコシを含むものは「コーン・ウイスキー」と呼ばれ、区別される)・ライ麦・小麦・大麦など。これらを麦芽で糖化、さらに酵母を加えてアルコール発酵させる。

この麦芽がモルトと呼ばれています。発芽させた大麦のことです。ビールの原料にもなります。

ウイキペディアのマルトースには温度について書かれていました。

このとき機能する酵素は60℃でもっとも活性が高くなるので、微生物が繁殖せず糖化だけが起こる。すなわち腐敗を起こさずモルトのみを得ることができる。

種が発芽するときには、自分で自分を消化して栄養とするために消化酵素を出します。大麦の種子中には不活性の糖化酵素(アミラーゼ)が多量に含まれており、発芽によって酵素が活性化されます。原料のトウモロコシには、よく聞くコーンスターチというデンプンをたくさん含んでいます。

上で書いた日本酒の場合は、米のデンプンでしたが、バーボンウイスキーは、トウモロコシと麦のデンプンです。ここから糖をつくって、酵母を加えて酒を造る。

違いは、バーボンウイスキーの場合は、できたアルコールを蒸留して、アルコール度数を上げるところです。

高峰譲吉は、麦芽の代わりに日本酒の醸造に使われてきた麹菌によってトウモロコシのデンプンを糖化しようとしました。

タカジアスターゼは、小麦ふすまに麹菌を植え付け、増殖させてふすま麹をつくり、そこからタカジアスターゼを取り出すという方法でつくられました。小麦ふすまというのは、小麦を挽いて小麦粉をとった後のかすで、小麦粒の表皮部分のことをいいます。

小麦ふすまという廃物利用で、しかも大量生産ができると儲かりますね。モルトと比べてみて下さい。モルトなら、大麦を栽培し、それを収穫して発芽させなければいけません。人出も時間もかかります。しかも、モルトの量は仕込む大麦の量と変わりません。

ところが、タカジアスターゼなら、麹菌を植え付けたら、麹菌がどんどん増殖します。2倍2倍2倍・・・と分裂していくので、増殖できる材料があれば好きなように増やすことができます。そして、大麦を栽培するような時間もかかりません。しかも、植え付ける材料は廃物ですからタダみたいなものです。

そのため、モルト工場に巨額の費用をつぎ込んでいた醸造所の所有者達の反対に遭い、殺されそうになりました。このため、タカジアスターゼをウイスキー製造に役立てようという目論見はうまく行かなかったようです。

しかし、タカジアスターゼは、消化薬として大ヒットしました。日本での販売独占権を持ったのが、三共製薬(現在の第一三共)です。

日本酒の醸造の話と、タカジアスターゼ発明の話を並べて読むと、微生物を使った発酵の奥深さを感じます。麹と酵母が乳酸菌と協力しながらアルコール発酵を進めていく話は、化学反応というより、生き物の話だなあと思います。

また、もう一つ、微生物を使った発酵から何かを製造する場合、コストパフォーマンスがとてもよいことが分かります。何しろ単細胞生物は、2の階乗(2×2×2×2×2…)で増殖します。しかも、そのスピードも速い。

日本のような温暖湿潤な気候では、カビや腐敗を避けることはできないですから、菌を排除するより菌をうまく利用しようという考えから発酵させる知恵が生まれたのでしょう。

高峰譲吉の評伝は、岩波ジュニア新書から出ていました。

日本科学の先駆者 高峰譲吉―アドレナリン発見物語

こちらに酵素の話はまとめてあります。酵素について知りたいならまず最初にこのページから読んでほしい

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