甲州ワインは、2010年に甲州ブドウが(国際ブドウワイン機構)OIVに登録されたばかり新しい品種のワインです。もちろん、山梨では昔からありましたが、今は、醸造学を学んだ若い世代の人たちが、モダンな醸造法で洗練させてつくっています。
発酵について広く語る本
発酵文化人類学 微生物から見た社会のカタチを読みました。
著者は発酵デザイナー小倉ヒラクさん。サイトがありました。
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この本で紹介されている発酵の話の範囲はとても広く、それなら、「広く浅く」といわれるように内容が浅いかというと、決してそんなことはありません。また、章ごとに「ネタばらしコーナー」として参考文献が紹介されていて、より深い内容にアクセスできるようになっています。
私が興味をひかれたのは、第5章の醸造芸術論に出てくる甲州ワインと千葉の寺田本家、第6章の発酵的ワークスタイルに出てくる秋田の新政酒造の話です。全部お酒の話ですが、それは私が酒好きなので仕方ありません。
ただ、私はワインがそれほど好きではなくほとんど飲まないので、これまでワインの本は読んできませんでした。
そのためでしょうか、一番印象に残ったのは、甲州ワインの話でした。
世界的コンクールに入賞するようになった甲州ワイン
甲州ワインが広く知られるようになったのは、審査機関OIVに登録されたことと、その前にロバート・パーカーJrに評価されたことがきっかけになっていたようです。
以前、甲州ワインが輸出されている話はテレビで見たことがあります。また、コンクールに入賞したニュースも見た記憶があります。
検索してみると、今年も毎日新聞の2018年5月31日の記事がありました。
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記事だけ読めば「へえー、そうなの」で終わってしまうのですが、山梨県の開けよう、甲州。を読むと、コンクール入賞までの道のりがわかります。順番があるのです。
OIVに登録
2010年にワインの国際的審査機関「OIV」に甲州ワインが登録されたとあります。このことの意味は、次の2点です。
- 日本固有の甲州種が、ワイン醸造用のぶどう品種として初めて世界に認められた。
- ワインラベルに「Koshu」と記載して、EUへ輸出することが可能になった。(出典)
OIVに登録されていないとコンクールに出品することも、EUに輸出することもできなかったのです。
さらにそこに行くまでには、きっかけがあったようです。
ロバート・パーカーJrの評価
甲州ワインの歴史を読むと、2005年、アメリカの世界的なワイン評論家、ロバート・パーカーJrが甲州ワインを初評価とありました。
さらに、ウイキペディアで調べてみると、「ロバートの評論のワイン業界に対する影響力は非常に大きく、その評価によってワインの価格に大きな影響を与えている」とあります。
日本産ワインで初めて、またアジア産ワインで初めてパーカーポイントを得たのは、アーネスト・シンガーの甲州ワインプロジェクトが作った「甲州キュヴェ・ドゥニ・ドュブルデュー2004年」であり、87-88点の評価を得た。(出典)
こうして甲州ワインが世界でも認められるようになったのですが、甲州ワインに使われている甲州ブドウがもともとワイン向きでない品種であるところから、話は始まります。
どっちつかずの品種、甲州
甲州ブドウについて、本ではこのように紹介されています。ワイン用ではなく、生食用で人気がある甘い品種でもない。昔ながらの品種です。
この甲州ブドウ。一言でいえば、あまり人の手が入っていない素朴なブドウだ。
フランスやイタリアでは「ワイン用にチューンナップされたブドウ」を使ってワインを仕込むことがほとんど。輸入ワインのボトルに書いてある「カベルネ・ソーヴィニヨン」とか「シャルドネ」というのは「ワイン用にチューンナップされたブドウ」の名前だ。
対して甲州ブドウは、別にワイン用にチューンナップされていない。ついでに果物屋さんで1房2~3000円で売られているような、めちゃくちゃ甘くて皮まで食べられるデザート用ブドウでもない。(中略)
しかし、ことワイン醸造となるとこの「なんでもそこそこにこなす」という器用さが仇になる。まず標準的なワインのアルコール度数(12.5°)には糖分が少なすぎる。そして薄いムラサキ色の皮には渋みが少なく、フルボディの赤ワインをつくるのは無理。しかも長期間熟成に向いていない(味が深くなりにくい)。
手間のかかる甲州ブドウでワインをつくるワイナリーとして紹介されるのが旭洋酒です。
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旭洋酒は、もともとは、ブドウ農家が共同で出資して運営する「ブロックワイナリー」と呼ばれる醸造所だったものを、2002年に県外で醸造学を学んだ鈴木夫妻が引き継いだとあります。
お二人はこんなふうに紹介されています。
モダンな醸造法で、クラシックな甲州ワインを醸す
モダンな醸造法とは、ブドウを収穫するタイミングと、補糖と、ブドウ汁の清澄に係わるものです。
大学で醸造学を学び、本格ワインの真髄を知る鈴木夫妻はもちろん山梨ワイン第二世代以降の醸造家。しかしヨーロッパ型の本格ワインを志向しているかというとそうではない。
彼らが目指すのは「モダンな醸造法で、クラシックな甲州ワインを醸す」という温故知新スタイルなのであるよ。
山梨ワイン第二世代とは、麻井宇介氏を中心に、山梨ワインを農家のどぶろくから本格ワインへの道をつけた人々のことであると説明されています。1980年代以降の話です。
確かに、テレビでワインのCMをよく見るようになったのは、1980年代になってからだと記憶しています。ひょっとすると、その頃私も山梨がワインの産地だと知ったのかもしれません。
そして、現在活躍する人たちは、代替わりしてその次の世代になります。紹介されている鈴木夫妻は第三世代になります。
次に、モダンな醸造法についてひとつずつ説明しましょう。
ブドウを収穫するタイミング
ワイン専用ブドウは収穫期が短く、甲州ブドウは収穫期が長い。甲州ブドウをいつ収穫するかによって味が変わります。
本にはこのように書かれていました。
甲州ブドウは9月前半から10月終わりまで2ヵ月の収穫期がある。この2ヵ月のあいだにいつブドウを摘むのかでワインの味が変わってくる。
9月の早いタイミングで摘むと、酸味の香る澄んだ風味のワインになる。10月終わりの遅いタイミングで摘むと、食用ブドウらしいふくらみのある、穏やかで丸い風味のワインになる。
どちらにするかは、醸造家のセンス次第だ。正解はない。
きっと、最初は酸味があり、やがて甘味が強くなり味が濃くなっていくのでしょう。
さらに、甲州ワインの多様性を読むと、甲州ブドウは香りと甘味が別の時期に強くなると書かれていました。このあたりが、醸造家のセンスが問われるところなのでしょう。
甲州は香りがピークになるタイミングと糖度がピークになるタイミングにずれがある、大変難しい性質を持ちます。
補糖について
甲州ブドウはアルコール度数を上げるためには糖分が足りず、補糖する必要があります。その量の計算が味を左右します。
南イタリアやスペインの強い陽射しをいっぱいに浴びて育つワイン専用のブドウには、酵母のエサとなる糖分がギュッと濃縮される。
それをしっかり発酵させると、アルコール度数は12~13%のワインができあがる。
しかし南欧よりもマイルドな気候で育つ甲州ブドウは、そこまで糖分を凝集させることができない。したがって標準的なワインをつくるためには、糖分を補ってあげなければいけない(これを補糖という)。
補糖は、ワインの味に甘さを加えるためでなく、アルコール度数を上げるために行います。ワイン醸造ではよく出てきます。ワインはブドウに着いている酵母で糖分を含む果汁をアルコール発酵させるからです。
補糖については、自家醸造/蒸留総合 @ ウィキを読むとよくわかりますよ。
日本酒を醸造する場合は、蒸米を麹で糖化するので、基本的に糖は加える必要はありません。
ブドウ汁の清澄
果汁を沈殿物とどのくらいの時間触れさせるのかもテクニックのひとつです。
発酵を始める前に搾ったブドウ汁の上澄みを抜き出す。底に沈殿した果実の内容物は基本的に捨ててしまうのだが、甲州ワインの場合は沈殿物をもう一度上澄み液に戻す。
上澄み液だけだと、酵母のエサが足りず、元気のないワインになってしまう。そこで、ある程度沈殿物を入れるわけだが、これも補糖のテクニックのように絶妙のさじ加減が必要になる。
甲州ワインの多様性を読むと「シュール・リー製法」と説明されていました。
80年代初めに登場した「シュール・リー製法」は、一定期間、ワインと澱(おり)を接触させることで味に厚みを持たせる辛口甲州の醸造法です。
これはもともと、フランス・ロワール地方のミュスカデ(ムロン・ド・ブルゴーニュ種)で一般的な醸造法です。
普段、ワインをほとんど飲まないので味の「厚み」が想像しにくいのですが、スッキリではないという意味かな。
新しいものを求める(まとめ)
ここまで書いてくると、第三世代の醸造家が技を駆使して甲州ワインをつくっている意味がわかります。
ワイン用のよく知られた「ワイン用にチューンナップされたブドウ」を栽培してワインをつくっても、すでにフランスやイタリアにお手本がたくさんあるのです。
土壌が違う山梨で真似してつくっても面白くないと思います。
たとえば、逆に、日本酒で考えてみるとわかりやすい。日本の酒米、山田錦をフランスやイタリアに持っていって栽培し、日本酒用の麹や酵母を使って日本酒をつくったとしても、それほど魅力を感じません。それと同じことです。
しかし、もし、フランスやイタリアに固有のお米の品種があれば、また、独自の麹があれば、どんな味になるだろうと興味が湧きます。
山梨にとって甲州ブドウは昔からある品種でも、世界ではまだ認められて8年の新しい品種です。そのつくりにくいブドウに醸造学を学んだ若い醸造家が洗練された味を求めて挑戦しているということなのですね。