乳酸は酸素が不足するとできる、疲労物質だといわれてきました。乳酸は糖の分解量が増えるとできるもので、疲労物質ではなく、エネルギーを貯めておくものです。とても分かりやすい本がありましたよ。
高校生のための東大授業ライブを読みました。
この本の中で、第14講「エネルギー源としての乳酸ー運動と疲労の関係」という題で、八田秀雄先生が乳酸について講義されています。先生の研究テーマは、「乳酸代謝、運動と疲労」と書かれていました。
この本、高校生のためのとはいいながら、それほどやさしい内容ではありません。しかし、本質的なことが書かれていて、一気に乳酸について理解が進みました。
興味がある方は、是非、この本を読んでみてください。
ヒトのからだは無酸素にはならない
まずはいわゆる通説からです。
ピルビン酸がミトコンドリアで完全に分解される際には酸素が必要ですが、ミトコンドリアの反応系には入らず乳酸になる反応には、酸素が必要ありません。
そこで、これまでの考え方では、酸素があればミトコンドリアの反応へ、酸素がなければ乳酸というように理解されてきました。
一見もっともらしくみえます。それで乳酸ができるのは、からだの中に酸素がなくなるせいだと、みなされてきました。
私もそのように理解していました。酸素がなくなれば乳酸ができるのだろうと。
そのように理解した理由は、乳酸菌の代謝を知ったからです。乳酸菌は通性嫌気性菌と呼ばれ、酸素がなくても平気で生きて行ける嫌気性菌です。
乳酸菌が生きるためのエネルギーATPを作るには酸素は必要なく、乳酸だけをつくるホモ発酵の場合、ブドウ糖はヒトの細胞と同じ解糖系を進んで代謝され、最終代謝物は乳酸です。乳酸菌は酸素呼吸に必要なミトコンドリアを持っていないのです。
乳酸菌が乳酸をつくる経路は2つあるに詳しく書きました。

それで、ヒトの細胞でも、酸素がない状態では、ピルビン酸から先、ミトコンドリアの反応へ進めないので、乳酸ができるのだろうと思っていました。
ダッシュしていても酸素を取り入れている
ところが、そうではないと先生は書かれています。
ところが、運動しているときにも必ず心臓は動いて、酸素は取り入れられています。短距離ダッシュしていると呼吸していない、ということもありません。
どんなときにも酸素が肺から取り込まれて、筋肉に送られて、そこでミトコンドリアがATPを生み出しています。
つまり体内が無酸素状態には絶対なっていません。
さらっと読むと、先生、何をおっしゃりたいのでしょうか?と一瞬考えてしまったのですが、とても大切なことを書かれています。
酸素がなくなるから乳酸ができるという「俗説」は間違いだということを明らかにするために説明しているのです。
続きます。
強度の高い運動では乳酸が多くできます。これは結局、酸素があるのに乳酸ができているということです。
例えば運動強度が上がると、肺から取り込まれる酸素の量(=酸素摂取量)は、ほぼ強度に比例して上がっていきます。
つまり酸素がどれだけ必要かは精密にコントロールされて、酸素が足りなくはならないようになっています。
他方、乳酸は運動強度が上がっていっても強度が低いときにはあまりできませんが、最大に達する前のLactate Threshold=LT(乳酸性作業閾値いきち)と呼ばれる運動強度から急に多くでるようになります。
本に出ていたグラフを真似して描きましたので載せましょう。
少し読み方を解説しましょう。
このグラフの左の方は、一番上の点の酸素摂取量が、最大酸素摂取量を意味しています。その人にとって、最も高い運動強度の時に、一番にたくさん酸素が必要になります。それが最大酸素摂取量です。
たとえば、自転車で坂道を休まずにガマンして漕いでいくと、やがて限界が来て(苦しくて)漕げなくなり止まってしまいます。その時の酸素摂取量が、最大酸素摂取量です。
その人はそれ以上、酸素を取り込めないので運動を続けられないといった方が分かりやすいですね。
私も学生時代、自転車(エルゴメーター)を使って最大酸素摂取量を測定したことがありましたが、苦しくて目の前に星がチラチラ飛びました。
最大酸素摂取量の説明は、公益財団法人長寿科学振興財団のサイトにある最大酸素摂取量がとても分かりやすいです。
限界になる運動強度まで、運動強度と酸素摂取量は比例していると理解するのが大切なところです。
しかし、一方、運動強度と血中乳酸濃度の関係は、直線的ではありません。比例していないのです。運動強度が最大になる前に、急に乳酸の血中濃度が上がるポイント(LT)があります。
酸素が足りないから乳酸ができるのではない
この強度は最大の60~70%程度の強度ですから、本当に酸素が足りないならばまだまだ増やすことができる状態で、乳酸が急に多くできるようになる強度があるわけです。
このことからも、酸素が足りなくなって乳酸ができるのではないことがわかります。
この説明で、もやもやしていたのがすっきりしました。LTというのはマラソンくらいの運動強度だそうです。
マラソンくらいの強度ならまだ余裕があります。上で私が最大酸素摂取量を測定したときの話を書きましたが、限界になるとガマンができなくなってきて目の前に星が飛びます。気持ちが悪くなってきます。いよいよ酸素が足りなくなってきたサインです。
乳酸は、その時点からたまるのではなく、マラソンくらいの運動強度から増え始めます。
つまり、酸素が足りなくなったから乳酸ができるわけではないのです。
糖の分解が急に増えると乳酸が増える
では、どうして乳酸が増えるのか?それは糖の分解が急に増えたからです。
急に運動強度が上がると、それに応じて糖の分解が高まります。
糖というのは脂肪よりも使いやすいエネルギーですから、急なことがあると分解が高まりやすくより利用しやすくなるようになっています。
糖の分解は急に運動強度を上げたりすると高まり、同じ強度の運動を続けていると低下します。
そこでスパートしたりすると、ミトコンドリアで利用できる量以上に糖分解が起こります。
そうすると分解してきた糖が一時的に余ってしまいます。いってみれば糖を利用する流れで、最後の反応に比べて最初が多すぎて、渋滞が起きてしまいます。
ところが糖分解でできたピルビン酸はあまり安定していないので貯めておけません。一方、乳酸は安定していて貯めるのに適しています。
そこで糖分解が一時的に高まると乳酸ができるのです。
酸素がないからピルビン酸がミトコンドリアの中でアセチルCoAとしてTCA回路に入って行けないのではなく、運動強度が上がると、糖分解が高まって、ピルビン酸のところで渋滞が起きてしまう。それで、乳酸ができるという説明です。
ピルビン酸はあまり安定していないとは、どんなことなんでしょう。
ピルビン酸が不安定とは
解糖系の最後は、ピルビン酸です。解糖系の全体は、たとえば乳酸とはどのようなものかに載せてあります。

下図の通り、ピルビン酸には、エノールとケトがあり、エノールから非酵素的にケトピルビン酸になります。ケトピルビン酸が乳酸デヒドロゲナーゼによって水素を付加され(還元され)て、乳酸になります。
エノール (enol) は、炭素同士の二重結合の片方の炭素にヒドロキシ基(-OH)が置換したアルコールのことです。この形が不安定だということのようです。
エノール型は図の左側です。エノール型は不安定なので、右側のケト型に偏って平衡します。
果糖を摂るだけで乳酸が増える
先生の講義で、運動強度と酸素摂取量、血中乳酸濃度のグラフを使った説明はとても分かりやすかったのですが、果糖を摂って乳酸ができることを証明するのが一番インパクトがありました。
以前、果糖がよくない理由を調べてみたという記事を書きました。

図も載せてあるので詳しくは記事を読んでいただきたいのですが、ブドウ糖と果糖は同じ糖でも、代謝の経路が少し違います。果糖の場合、解糖系に途中から横入りします。
果糖はインスリンの影響を受けず、また代謝にブレーキがかかりません。果糖を摂るとピルビン酸まで一直線に進みます。
果糖はかなり甘さのある果物の糖です。これを30g摂ってみたら、特に運動もしていないのに血中乳酸濃度があがります。
この現象も糖分解が急に高まることで説明できます。
つまり果糖というのは大変、吸収と代謝が速い糖です。それで果糖を多く摂ると、一時的に糖分解の流れが高まった状態になります。
しかしミトコンドリアでの反応量は変わりません。それで糖利用の渋滞が起きますから、乳酸ができるのです。
果糖を摂っただけのからだの中は無酸素状態にはなっていません。このように運動強度を上げたり、果糖を摂ったりすると急に糖分解が高まりますから乳酸ができます。
酸素が足りなくなるからではありません。
運動せず、酸素不足にもならず、ただ果糖を摂っただけで乳酸が増える。これは確かめ算のような実験です。
これで、糖分解が急に高まると乳酸ができることが分かりました。
乳酸はエネルギー源
ブドウ糖は、エネルギー源となる優先順位が第1位の物質です。しかし、乳酸は、ブドウ糖を代謝した最終物質のピルビン酸に水素を2個つけて還元した物質です。
ミトコンドリアで使うエネルギー源として、ブドウ糖を使うのと、乳酸を使うのとどちらが使いやすいか。考えるまでもないことです。
グルコース1分子が完全に酸化されれば38ATPできるとされています。ところが乳酸ができるまでには2ATPしかできません。
ということは、乳酸はグルコースからできたのですから、その乳酸を完全に酸化すれば残りの36ATPができることになります。
つまり乳酸からは36ATP分を生み出せることになります。
細かい数字はともかく、まだエネルギーを生み出せる潜在力があるということです。
生化学の本に書かれている図(上の図)を見ても、乳酸から(ケト)ピルビン酸へは、乳酸デヒドロゲナーゼという酵素によって、自由に行ったり来たりできるように見えます。
そこから先はミトコンドリアに入り、通常、アセチルCoAとなります。
筋肉にたまった乳酸はどのくらい肝臓でブドウ糖になるのか
しかし、筋肉でつくられた乳酸は、血液に乗って肝臓に送られて、糖新生という仕組みによってもう一度ブドウ糖になります。
しかし、実際のところ、乳酸は細胞のエネルギー源になるとしたら、そのまま使われるのと、肝臓に送られるのとどのくらい差があるのか知りたいところです。
教科書は、体の仕組みを教えるので、意外と私のような素人が考えそうなことは書かれていないのです。
乳酸は糖新生の材料になるよりもエネルギー源になる
しかし、この本には、講義のあとの質疑応答で明快に書かれていました。こういうのが読みたかったんです。
やはり、その場でエネルギー源として使われるのが一番多いそうです。
Q. 乳酸が短距離運動でできた後、そのまま運動で使わなかった場合には、乳酸はその後どう変化するのですか?
A. 教科書に以前よく書いてあったのは、乳酸は肝臓に行って糖に戻されるということ。そういう使われ方も少しはあります。
しかし一番多いのは、やはりエネルギーとして使われることです。乳酸は使いやすいので、たくさんあればたくさん使われます。
また短距離走を走った後にクーリングダウンのように軽く動くと、それだけエネルギーが必要になりますから、より早く乳酸も使われます。
短距離走の後でじっとしていると、乳酸が使われる量が減って、一部は確かに肝臓に行って糖に戻ります。
疲労は残るが乳酸はすぐに消える
最後に痛快な話を。日頃運動不足の人が、たまに思い出して休日走ったりすると、2、3日は筋肉痛に悩まされます。もし、乳酸が疲労物質なら、その間、筋肉に残っていてよいはずです。
運動では多く乳酸ができても、運動後に30分から1時間あれば血液や筋肉の乳酸濃度は元に戻っています。
乳酸だけが疲労の原因ならば、運動後1時間で疲れは全てなくなっているはずです。
少なくとも、乳酸は疲労物質そのものではないということです。
まとめ
この本を読んで、乳酸が運動している時に酸素が足りなくなってたまる疲労物質でないことが明快に分かりました。
有酸素運動に対して無酸素運動なんていってましたが、そんなものはないのですね。
しかし、一番面白いと思ったのは、代謝にブレーキがかからない果糖をある程度の量、摂ると乳酸が増えるという話でした。
とても明快で分かりやすくて面白い講義録でした。高校生だけに聞かせているのはもったいない。聞きたい大人はたくさんいると思います。
この記事を書いた翌日のこと、natureでこんな記事が掲載されたそうです。代謝: 乳酸はクエン酸回路の燃料となる
乳酸について他の記事は、まず、乳酸とはどのようなものかをお読み下さい。