くさやは干し魚に使う塩を倹約する工夫から生まれた

初めてくさやを焼いているにおいを嗅いだ時は、何かの間違いかと思いました。くさやは、干物を作る時に塩をケチるために、海水に浸けて乾かすことを繰り返して塩分を濃くする工夫をしたことから生まれました。くさや汁がくさいのは短鎖脂肪酸によるものです。傷にくさや汁をつけると早くよくなるそうです。

くさや

農大の小泉先生が今年出した本、江戸の健康食: 日本人の知恵と工夫を再発見を読みました。

小泉先生の書く文章の勢いは出版社によって微妙に変わる場合があるのですが、河出書房新社のこの本、とても勢いがあって読みやすいです。おまけに、読んでいると、とてもお腹がすいてきます。

この本に書かれていたくさやの話が面白かったので、かいつまんでお知らせしましょう。

くさやはくさい

発酵食品を紹介する本では、かならずくさやが登場します。何しろ間違いなく「くさい」。一番下に書いていますが、私が初めてくさやを焼いているにおいを嗅いだ時、何か腐ったものを間違えて焼いたのかと思ったものです。

おいしいのかもしれませんが、あまりに普段食べているものと風味がかけ離れたものができるとき、必ず何か理由があるものです。

くさやは、塩をして魚の干物を作る時、塩をケチる、倹約するために工夫したことから生まれました。

くさやは塩干し魚用の塩を倹約する工夫から生まれた

くさやの生産地、伊豆七島近海は、真アジ、むろアジ、あおむろ、鯖、いわし、トビウオといった青魚がたくさん獲れるところで、干物の製造が古くから盛んな土地でした。

江戸時代初期には、上質の塩干し魚がつくられていたそうです。

当時この地方は年貢として塩(食塩)を納めていたが、その塩の取り立てがたいそう厳しく、そのため塩干し魚製造用の塩にも制限があった。

しかし、そういうときには知恵者が出る。

海から海水を汲(く)んできて、これを大きな半切り(盥(たらい)よりも大きい、底の浅い桶(おけ))に入れて、開いたあおむろや飛魚を浸(ひた)してからその魚を天日(てんぴ)に干す。

すると水分は蒸発してとんでいってしまうが、塩は魚の表面に残る。この魚をふたたび半切りに張った海水に浸してまた干すと、水は蒸発していって塩は魚に残ることになるから、さらに魚の塩分は濃くなる。こうした作業を数回にわたり繰り返すと、魚には塩分がしっかりとのって塩干し魚となり、大消費地の江戸に出荷することができた。(中略)

しかも、思いがけない、すばらしい現象が起こった。開いた魚をつぎからつぎに浸していた半切りのほうの海水(漬け汁)がそのうちに発酵しだし、異様な臭いを放つ汁となったのだ。顔をそむけたくなるほど臭いのだが、しかし、嘗(な)めてみるとじつに美味な液体である。(中略)

臭いはきついが、こんなに美味な汁ができたのだから、その発酵した汁に開いた魚を漬け込んで、それを天日で乾かしてから、試しに江戸に送ってみた。するとどうだ、江戸の食通たちのあいだで大評判、珍重されるではないか。ここに名物「くさや」が誕生したという次第だ。

「顔をそむけたくなるほど臭いのだが、しかし、嘗(な)めてみる・・・」というチャレンジャーが必ず出てくるものです。

浸けて干すのを繰り返すのは、かなり手間がかかると思います。誰でもどんな味になったかなと確かめます。きっと焼いて食べてみたらおいしかったのでしょう。

くさや作り方、製造工程、新島みや藤を読むと写真つきでつくり方が解説されています。

くさや汁がくさいのは短鎖脂肪酸か!

くさやのにおいについてこのように書かれていました。

くさやの発酵菌は、コリネバクテリウムという一連のくさや菌で、その他に耐塩性の酵母が棲んでいる。あの特有の臭いは、それらの菌の生産する酪酸や吉草(きっそう)酸、カプロン酸といった有機酸とそのエステル類である。

酪酸や吉草酸、カプロン酸とは脂肪酸のことです。脂肪酸の中でも長さが短い、短鎖脂肪酸と呼ばれるものです。

短鎖脂肪酸は「くさい」

脂肪酸は、脂肪を構成するものです。魚の脂肪が分解され、脂肪酸が切り離され、さらに短く切られて短鎖脂肪酸ができます。

短鎖脂肪酸の特徴は、くさいことです。

ヒトにも関係があります。足のにおい、汗臭いにおい、洗濯物の生乾きのにおい、みんな皮脂が分解されてできた短鎖脂肪酸が関係しています。

短鎖脂肪酸はクサイ
食用油のにおいをかいでも臭くありませんが、脂肪酸が短くなるとにおうようになります。ギンナンのにおい、靴下のにおい、汗臭いにおいなど短鎖脂肪酸が原因です。炭素数2から6の短鎖脂肪酸のにおいを調べました。納豆がくさいのは短鎖脂肪酸のせいだ昨日、

エステルは、これら短鎖脂肪酸とアルコールが結合したものです。一般的には香り成分といわれていて、よいにおいです。吟醸酒のフルーティーなにおいなどその一つです。

この辺が、面白いところです。

傷にくさやの漬け汁をつけるとよくなる

発酵食品では(よく)聞く話ですが、くさやの漬け汁が傷に効くそうなのです。

なによりも重宝されていたのが、外科の治療薬としての役割であった。

切り傷、腫(は)れもの、瘡(そう)などにくさやの漬け汁をつけると、不思議なことにほどなく治癒(ちゆ)した。時代は下り、この事実が注目され研究したところ、くさやの漬け汁には、なんと天然の抗生物質が含まれていることが判明したのである。

ええっ?あのくさい漬け汁から、なんて思いますが、ペニシリンは青カビから発見されたのですよね。

青カビからペニシリンが生まれた
青カビはとても身近にあります。特有のにおいがして毒々しい青色になります。青カビからペニシリンができて、他の細菌を殺してしまうのですから強い作用をもつのでしょう。ところが、青カビはチーズ造りにも使われます。青カビって毒なのか薬なのか?調べてみ...

そして、結核の特効薬だったストレプトマイシンは、土壌菌から発見されたのでした。

ストレプトマイシンは土の中の放線菌から
今は、抗生物質を使うと、耐性菌の問題があるということが広く知られている時代です。あまりよいイメージは持たれていません。 しかし、昔、結核の特効薬としてストレプトマイシンができて、結核は不治の病から治る病気になりました。ところで、そのストレプ...

そう考えると、くさやの漬け汁から、何か発見されても「そういうものか」と思えます。

NOTE

私が初めてくさやを食べたのは、30歳を少し過ぎた頃でした。

その前、初めてくさやを焼いているにおいを嗅いだのは、今はないお店ですが、八重洲に昔あった灘コロンビアという、うまい生ビールを飲ませるお店でだったと思います。

なんか腐っているものを間違って焼いているのではないかと思いました。そして、ひょっとすると、これがくさやというものかもしれないと思いました。

実際に初めて食べたのは、どこかの山小屋だったか、居酒屋だったか。山小屋だったような気がします。おそらく誰かが酒のつまみとして担いで来たのでしょう。

一切れもらって口の中に入れたら、口の中が「肥だめ」になったかのようです。私は好き嫌いがほとんどないのですが、1回目はにおいに圧倒され、食べられませんでした。

クサイものは慣れるとクセになるといわれますが、慣れるほど食べていないので、好きとはいえないです。

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