私が子供の頃、石油からタンパク質をつくる話を聞いたことがあります。ニュースで見たのかもしれません。食べたら案外うまかったといっていたように覚えていますが、どうやって作ったのだろうと思っていました。どうやら微生物を使っていたようです。
カラー図解 EURO版 バイオテクノロジーの教科書(上) に出て来ました。この本は読みやすくてよい本ですね。
今まで書いてきた話は、微生物と微生物の酵素によって発酵=分解する話でしたが、今度は微生物を培養して、数を増やして、そこから栄養をもらう話です。
酵母からタンパク質をもらう
微生物からタンパク質をつくることは、第一次大戦中にドイツが酵母を増殖させて菌体タンパクを大量に製造したときから始まったとあります。戦争時の食料確保は国の生命線になります。必要に迫られた感じがします。
培養された酵母は、パン酵母でソーセージとスープの水増し用に使われたそうです。糖分を含んだ廃液で増殖するので、糖をタンパク質に変換できたのです。
ちなみに酵母について、食品成分データベースで調べてみました。「こうぼ」と入れて出て来たのは、パン酵母(ドライイースト)でした。
パン酵母(乾燥) | g/100g中 |
エネルギー | 313kcal |
水分 | 8.7 |
タンパク質 | 37.1 |
脂質 | 6.8 |
炭水化物 | 43.1 |
灰分 | 4.3 |
炭水化物が43.1gにタンパク質が37.1g、脂質も6.8gあれば食べものとして十分によい感じですね。
酵母は通性好気性菌です。通常は酸素を利用して生きています。糖質を二酸化炭素と水に変換し、増殖のためのエネルギーをつくります。ミトコンドリアがあるので酸素呼吸をします。
また、酸素が断たれると、嫌気的にアルコール発酵が起こります。酸素がなくなるのは酵母にとっては緊急事態です。アルコールをつくりながらエネルギーを得て生き残ります。しかし、あまりアルコール濃度が上がり過ぎると酵母も死んでしまいます。
酵母と乳酸菌の違い
酵母は真核生物です。真菌といってキノコやカビの仲間です。細胞核やミトコンドリアを持っています。
ちなみにいつも酵母とセットで出てくる乳酸菌は、原核生物で細菌といわれます。原核生物は、細胞核をもたずミトコンドリアもなく、DNAは二重らせんのループとして細胞質に存在します。その他の細胞内小器官もありません。乳酸菌の糖代謝が乳酸とアルコールなのはミトコンドリアを持っていないからですね。
酵母は食料として十二分な品質をもっていますが、真核生物で核酸が多いので、私はビール酵母の味は結構好きですが、食料としてたくさん食べていると尿酸値があがりそうな気がします・・・。
原油で酵母を増やす
1960年代に入ると、ヨーロッパでは、再び微生物タンパク質の生産設備がつくられるようになりました。旧ソ連ではアルカンを利用して増殖する酵母を探すプロジェクトが大規模に行われていたそうです。この時代、穀物生産が思うようにできず不作続きで食糧危機が懸念されていたのだそうです。
アルカンとは、一般式 CnH2n+2 で表される鎖式飽和炭化水素のことです。代表的なアルカンと炭素(C)数を書きます。
メタン(C:1)、エタン(C:2)、プロパン(C:3)、ブタン(C:4)、ペンタン(C:5)、ヘキサン(C:6)
みんな燃料に使うガスですね。ヘキサンは身近なところではパーツクリーナーとして使われています。
アルカンは、原油を蒸留する過程で得られます。原油で酵母を増殖すると聞くとブドウ糖とあまりにかけ離れたものなので何で酵母が分解するのだろう?と思いますが、アルカンだと炭素と水素だけだし、何とかなるのかなと思えてきました。
東京大学のサイトに酵母を用いたアルカン及び油脂バイオマスの代謝と応用というページがあり、そこにアルカンの代謝について説明されていました。アルカンは酸化されて脂肪酸となり、あとは脂肪酸の代謝と同じ経路をたどるそうです。ブドウ糖の代謝とは違うルートでした。
原油アルカンをエサにした酵母タンパク質は、旧ソ連では安全性に問題はないとされましたが、西側諸国ではかなり疑問視されていたようです。このあたりの時代性は何となく私も分かります。原油アルカンには発がん性があるのではないかと懸念されて、大規模な生産にはならず、二度のオイルショックとともに終わってしまったようです。
キノコタンパクは認められた
キノコタンパク(mycoprotein)はヒット商品になったそうです。
フザリウム・ベネナツム(Fusarium venenatum)という菌でカビの仲間です。この菌は小麦の根腐れ病の原因菌としてよく知られていました。これを糖蜜とアンモニアの培地で育てて、魚や食肉の模造品に変えることに成功したそうです。
においも味もなく、乾燥重量の50%がタンパク質で、脂質が少なく、コレステロールを含まず、健康志向の人たちに好まれました。やはり核酸が多いと痛風になる恐れがあるようですが、このタンパク質の核酸含有量を許容上限値よりも下げることができました。
メーカーはイギリスのRHM社とICI社の子会社マーロウフーズとありましたが、RHM社とICI社で検索すると、ウイキペディアのQuornがトップに出て来ます。
2001年には売り上げが1億5000万ドルになり、2002年からはアメリカでも発売されたそうです。
微生物は栄養があれば2倍・2倍・2倍・2倍・・・と増えていきます。酵母タンパク質は、大豆の大生産によって価格で負けたことも敗退の一因になっているようです。
しかし、天候不順で食料生産がうまくいかないときには役に立つでしょうね。