口噛み酒はアルコール度数が9%にもなるらしい

口噛み酒というのがあると知っていましたが、興味はなかったです。ところが、小泉武夫さんの最終結論「発酵食品」の奇跡を読むと、小泉先生が学生と実験でつくった口噛み酒は、アルコール度数が9%もあるのです。ただ、おいしいものではないみたいです。

炊いたご飯

口噛み酒はアルコール度数が9%にもなるらしい

農大の小泉先生の最終結論「発酵食品」の奇跡を読みました。

この本は、発酵食品の中でも特に変わったものばかり集めて17章にわたって紹介されている本です。その中でも特に興味を持ったのは、口噛み酒でした。

以前、日本で米麹が使われるようになったのは10世紀頃か?という記事を書きました。米麹が使われるようになってから、お酒も米麹でつくられるようになるのですが、もちろん、それ以前にも酒はありました。3世紀頃、中国からカビを使った酒造りの方法が伝えられますが、それより前の時代には、口噛み酒がありました。

私は見ていませんが、2016年公開のアニメーション映画「君の名は。」に口噛み酒が出てきて話題になっていたようです。

口噛み酒のことは何となく知っていましたが、ご飯を噛んで吐き出して、それを集めて酒にするので、正直なところきれいな感じがしなくて、全く興味を持っていませんでした。

ところが、この本を読むと、口噛み酒のアルコール度数が9%あるというのです。すごいじゃないですか!酒飲みの私はこの数字を無視できません。ビールより強く、ワインより少し弱い度数ですからちゃんと酔えます。

さて、この本では、小泉先生が、6人の東京農大の学生と口噛み酒づくりをした話が書かれています。

4人の女子学生に口噛みガールズとなってもらい、2人の男子学生には、毎日の酒の成分変化を分析してもらうことになりました。

実験の様子はこのように書かれていました。現在の酒造りは酵母を足すことが多いですが、この実験では酵母は足しません。空気中にある酵母が入って来ます。

文中、「ガスが出る」と書かれているのは酵母がアルコールをつくるので二酸化炭素が出るのです。

そして六月中旬のある日、いよいよ実験を始めた。口噛みガールズの四人に、一人一〇〇グラムの蒸した米を少しずつ、ゆっくりと噛んでもらい、各自手に持った三〇〇ミリリットル容量のビーカーに吐き溜めてもらった。

口の中に入れた蒸した米を噛む時間は三分としたが、これでも米は十分に崩壊と溶解がされていて、唾液と混ざりトロトロの状態になっていた。(中略)

さて発酵状態はどうであったろうか。私たちは毎日丹念に観察した。三日目まではほとんど変化はなかったが、四日目ごろになり小さな泡が表面に出てきて、発酵開始を確認した。すると五日目になって急に旺盛な発酵が起こり、全体がガスで膨らんできた。

七日目になるとその膨らみも落ちついてきて、八日目以降は表面に少しの泡の発生を見るくらいで、あとは静かになってきた。そのまま一〇日目まで置き、発酵は終了したものと判断したので、それを濾過し、得られた液体を男子学生に分析させた。

口噛み酒の味はどんなものか

出来上がった酒はどんな味がするのか。それが一番興味があります。ただ、あんまりうまいものではなかったようです。

濾過して得られた酒を皆で味わってみたところ、香りは通常の日本酒にやや似てはいるが、全体的には甘酸っぱい香りとアルコールの匂いが少しする程度であった。

口に含んで味を見てみると、アルコールの辛み、飯の甘み、そしてかなり強い酸味がしてきて、そう美味しいものとは言えず、天下の美禄にはやや遠い感じがあった。

ところが分析してみて驚いた。何とアルコール度数は九度もあり、これはビールのほぼ二倍でワインにも迫るほどだった。

アルコール度数が高くなるのは唾液に含まれる糖化酵素が強いから

デンプンを糖化してアルコール発酵させると、だいたいアルコール度数は数%、ビールが一つの目安になります。4~5%くらいですね。ワインは補糖してアルコール度数が12%くらいになります。

口噛み酒のアルコール度数が9%と高いのは、デンプンがぶどう糖に分解された割合が高いからです。ぶどう糖がアルコールに変わります。小泉先生はこのように説明されています。

これはどういうことかというと、人間の唾液の中にもデンプンを分解する酵素があるのだ。消化酵素のひとつで、デンプンを分解してぶどう糖をつくる力がとても強いのである。

それを自分で確かめてみたいとするならば、ご飯を口に入れて三分も噛んでみるとわかる。普通の食事のとき、口の中にご飯を入れて噛んでもせいぜい三十秒ぐらいで呑み込んでしまうから気づかないだけで、もしこれを我慢して三分間も噛んでいると、口の中はもの凄く甘くなるのだ。

それは米のデンプンがほとんどぶどう糖になってしまったためである。

書きながら、自分の中にあった「ツバは不衛生なもの」という気持ちがやや薄らいでくるような気がしないでもありません。そういえば、子供の頃、指をケガしたりすると「なめろ」と言われたり、犬や猫はケガしたところをなめてなおしていたなと思い出します・・・。

唾液1mlあたり1億個の細菌がいるらしい

口噛み酒の発酵中の様子をもう少し知りたい。雑菌など混ざっていないのだろうか?

その前にツバ(唾液)の中にどのくらい細菌がいるのか検索してみると、腸内細菌の種類と定着:その隠された臓器としての機能という論文が出てきました。

読むと、ツバ(唾液)1mlあたり1億個の細菌がいると書かれています。

ヒトの唾液には1 mlあたり 108 CFU(colony-forming unit)の細菌が存在するが,胃内では胃酸の存在により内容1 gあたり101 CFUに激減する.

上部小腸(十二指腸,空腸)には胆汁や膵液が分泌されるため,十二指腸内容1 gあたり103 CFU程度,空腸には104 CFU程度の細菌が住み着いている.

しかし,回腸に達すると細菌は爆発的に増加し,腸内容1 gあたり107から 108 CFU,大腸では 1011から 1012 CFUの細菌が存在する.

CFU(colony-forming unit)というのは、コロニー形成単位と呼ばれます。唾液1ml中には、コロニーを作ることができる、つまり、増殖可能な微生物が(なんと)1億個棲んでいるということです。やっぱり多い。そういえば虫歯菌や歯周病菌などもありましたね。

しかし、次の胃に入ると胃酸で激減し、(内容物1gあたりですが)101つまり10個に激減する。それを読むと、口噛み酒にはアルコールができてくるので、雑菌は殺菌されそうではあります・・・。

唾液の中には酵母や乳酸菌もいる

もう少し探すと口噛酒の製造試験という論文が出てきました。日本醸造協会誌/88 巻 (1993) 10 号に掲載されていたものです。

唾液の中に細菌は1億個いるのですが、その中には数は少ないものの、酵母がいて、さらに乳酸菌がたくさんいるようです。ただし、個人差が大きい。

唾液中の酵母は数が非常に少なく,1~ 数百/mlであり,個人間の差が大きい。乳酸菌の方は平均 ×107/mlと数が多く,個人間のバラツキも相当大きい。

個人間の酵母数,乳酸菌数のバラツキが大きかったので,朝のハミガキの影響ではないかと考え,ハミガキ試験をした結果,ハミガキの影響はあまり大きくなかった。ハミガキ直後一時的に菌数の変化がおきるが,夕方にはほぼもとの菌数に戻っており,菌数の多い人は常に多く,菌数の少ない人は常に少ない傾向を示した。

酵母,乳酸菌とも少ない人は口腔内が酵母,乳酸菌の増殖に適さないような状態になっているのではないかと推定された。

乳酸菌と酵母は相性がよく、乳酸菌があると、酵母が増える条件が整っていることになります。これはお酒でもヨーグルトでもみな同じです。

余談ですが、この論文に書かれている実験で出来上がった口噛み酒のアルコール度数は1~5%程度でした。出来上がりにはかなりバラツキがあるようです。

そして、できた口噛み酒に雑菌が入っているかどうかはわかりませんでした。

口噛み酒は、乱暴に言ってしまうと、ご飯を口に入れてしばらくもぐもぐ噛んで、吐き出したものを容器に集めてゴミが入らないようにガーゼなどでフタをしているとできます。必要な材料はご飯だけ。口噛み酒つくってもいいのかな?と思いますね。

口噛み酒はお酒。勝手につくったら違法

酒税法第五十四条には、このように書かれています。酒をつくるには日本では製造免許が必要。勝手に製造すると罰せられます。

第七条第一項又は第八条の規定による製造免許を受けないで、酒類、酒母又はもろみを製造した者は、十年以下の懲役又は百万円以下の罰金に処する。

さらに、お酒の定義は、第二条に書かれています。アルコール度数1%以上あると、お酒です。口噛み酒はアルコール度数9%にもなるので、立派なお酒です。

この法律において「酒類」とは、アルコール分一度以上の飲料(薄めてアルコール分一度以上の飲料とすることができるもの(アルコール分が九十度以上のアルコールのうち、第七条第一項の規定による酒類の製造免許を受けた者が酒類の原料として当該製造免許を受けた製造場において製造するもの以外のものを除く。)又は溶解してアルコール分一度以上の飲料とすることができる粉末状のものを含む。)をいう。

製造免許を持たず勝手に作ってはいけないということです。

NOTE

口噛み酒は、ご飯を3分から5分噛んで吐き出したものをためておくとできます。今までお酒の起源は、猿酒の伝説のような話を何となくそういうものかと思っていたのですが、口噛み酒のことを知ると、こちらの方がヒトの長い歴史の中で誰かが発見しそうなことです。

以前書いたように、日本には3世紀頃カビを使った醸造法が輸入され、さらに米麹が使われるようになるのは10世紀頃なのですが、口噛み酒が過去のものになったのは、新しい技術の方が量産化できることと、そして何より味がよかったのだと思います。

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