「わが家でできるこだわり清酒」は農学部の学生が実習しているかのようにドブロクと清酒造りが学べる本です。日本酒の酵母って後から足すのではなかったっけと思っていたら、ドブロクを仕込んだり、酛を造るには空気中の酵母を取り込むことがわかりました。生酛(きもと)づくりは「酛すり」という手間のかかる工程があり、山廃仕込みは、それを廃止して酛をつくる方法でした。酛で増やした酵母をもとに、米麹と蒸米と水を何回かに分けて酛の15倍量を発酵させたものが醪(もろみ)です。搾ると日本酒です。
「わが家でできるこだわり清酒」はドブロクと清酒造りが学べる
わが家でできるこだわり清酒―本格ドブロクも指南を読みました。
この本は、酒のつくりかたの本です。とても面白い。酒造会社やメーカーのサイトにも酒を造る説明がありますが、この本はまるで農学部の学生になって実習しているかのような気分で読めます。きっと永田さんのその他の本も同じように書かれているのだろうなと思います。
酒造りには、わかりにくいところがいくつかあります。
- 日本酒の酵母って後から足す?
- 酛(もと)と醪(もろみ)の違い
- 生酛造りと山廃仕込みって何だろう?
この本を読むと、私のような素人が疑問に思う事はほとんど解決できます。
酒づくりの時酵母って後から足すんじゃなかったっけ?
お酒ってどうやって造るの?と聞かれたら、「米麹、米、水・・・」とここまでは答えられます。酵母って必要でしたっけ?このあたりがあやふやです。
確か協会何号という名前のついた酵母が醸造協会にあったような気がします。だから、買って来て後から加えるような気がします。
自然発酵ドブロクは酵母が要らない
ところが、本にはこのように書かれています。
自然発酵は、ドブロクを含む酒の原初的なつくり方である。水、麹、蒸米をかめなどの容器に仕込む。ただそれだけで、あとは醪が発酵を始めて何日か後に酒ができるのを待つだけである。
アルコール発酵には酵母が関係しているのは高校生物で習います。酵母が出てこないですが、麹がアルコールをつくるのでしょうか。
酵母は空気中にいる
実は、酵母は空気中に棲んでいます。後から足してもよいのですが、どぶろくには空気中の酵母が入ってくるのです。
麹は室(むろ)の中にあっても、じゅうぶんな酸素がないと生育できない。つまり、常に開放された状態でつくられるから、常に空気が供給される。
空気中には酵母菌や雑菌が浮遊していてそれらが麹に付着する。麹菌は他の雑菌を抑えて繁殖する力を持っているが、どういうわけか酵母菌は抑制されない。麹菌と酵母菌は仲がよいらしい。
量の多少は別にしても、酵母菌は麹菌の菌糸や胞子にからめとられる。麹の酵母は目に見えないけれども、確かに麴には酵母が付着している。
「酒は麹と米と水でできる」と聞くと、麹がアルコールをつくるのかなと思いますが、麹はでんぷんを糖化しますがアルコールはつくりません。つくるのは酵母です。
ドブロクを自然にまかせてつくると「腐るかもしれない」という心配があります。これは誰でも想像できることです。うまく酒になってくれるようにするには、今どきの酒造りのように酵母を足した方がよいのですが、酵母を足すと酒になることが分かったのは明治時代以降科学が入って来てからです。
それまでは、経験則でうまく発酵させるために「そやし」という方法をとっていました。
酛(もと)の先祖そやし
そやしは、白米に付着している酵母を、ごはんを栄養源として増殖させたものです。
小さなおにぎりを作り、容器に入れる。そのおにぎりがかくれるくらいに白米(炊いてない生のもの)を入れる。最後に水を米の量(容量)の二倍ほど入れる。これで仕込みは完了。
軽くふたをして数日おくと、ブクブクと泡が出てくる。酵母が増殖して発酵を始めた証拠である。泡が発生し始めたら、適宜、そやし液と白米、おにぎりとざるで濾して取り分ける。
そやし液は酵母が繁殖したものだが、放置していると栄養分が少ないために酵母が弱り雑菌が発生する恐れがあるので、ただちにドブロクの仕込みに使う。
果物に酵母がついているのは知っていました。ワインはブドウについている酵母で果汁を発酵させます。白米に酵母がついているなんて初めて知りましたが、菌は、そこいら中に棲んでいるんですね。
そやしは、水酛(みずもと)ともよばれました。この酛(もと)というのが、酵母を増やすことだと分かって行われていたわけではないですが、酒造りには重要な工程でした。
酛(もと)とは
酛は米麹と蒸米と水を発酵させて、酒づくりに必要な酵母を増やすためにつくられます。酒の元です。
酛とは、文字通り酒の元(もと)となるものである。最初に酒の元となるものをつくり、それを元にして原料を加え酒をつくるのが、伝統的な日本酒づくりの方法である。
酛の原料割合(麹歩合、汲み水歩合など)は、醪(注:もろみ)とほぼ同じである。酛の中では麹による糖化が始めると同時に、自然界にある乳酸菌が酛に取り込まれ、糖を乳酸に変える乳酸発酵が進む。乳酸発酵によって生じた乳酸はpHを下げて酛を酸性条件にし、雑菌類の発生を抑制し、あるいは死滅させる。
その間、空気中から取り込まれたり、麹に付着していたりした酵母が徐々に増殖する。酵母は酸性条件下でよく増殖し、同時にアルコール発酵も盛んに行なう。一方、それ以外の雑菌は酸性条件下(おおむねpH4以下)では死滅する。
酛の中は一時的に乳酸菌と酵母が同居することになるが、乳酸菌は自分が生成した乳酸とアルコールのためにいずれ死滅する。結果的には酛の中には酵母だけが残ることになる。酛は微生物のはたらきをうまく利用した酵母の培養法である。また、酛は酵母がよく繁殖したものであると同時に、それ自体がよい酒の醪と言える。
最近、日本酒のCMを見ることはあまりなくなりましたが、長年見ていて刷り込まれたことばに生酛造りと山廃仕込みがあります。これは酛(もと)に関係があるのです。
生酛は本の中でこのように説明されています。
生酛(きもと)
生酛造りの特徴は、麹や蒸米などを櫂(かい)ですりつぶす「酛すり」を行うことです。
「生酛」は、天然酵母を取り込む点では、自然発酵や水酛と同じである。ただ、「酛すり」と言われる工程が加わり、安全でかつ純粋に天然酵母を培養する技術が編み出された。
「酛すり」は、その言葉が示すとおり、麹や蒸米などの物料(ぶつりょう原料)を櫂(かい)ですりつぶす作業である。酛すりは酛立て期間の前半を費やす大変な作業であった。
それで山から木材を切り出す「山卸(やまおろ)し」にたとえて、酛すりのことを「山卸し」とも言った。
明治時代になって、糖化は麹の酵素によって進むことがわかり、酛すり作業=山卸しを廃止する方法が考案された。これが「山卸し廃止酛」(山廃酛)と言われているものである。
「櫂でつぶすな麹で溶かせ」という言葉も、このころ言われ始めた。今では生酛のうち、この酛すりを行なうものを、「山廃酛」と区別して「山卸し酛」と言うこともある。
酛すり
酛すりの様子は、大七酒造株式会社のサイトにある生酛造りで見ることができます。
酛すりをして、蒸米と麹をペースト状に丁寧に摺りつぶします。さらに、「暖気入れ(だきいれ)」は、暖気樽(だきだる)という湯たんぽのような道具を使って温度を高め、微生物の動きを活発にします。この工程で乳酸菌が増えるとあります。
酛すりは山卸ともいいます。
なぜ「ペースト状に丁寧に摺りつぶす」のだろう?と思います。ここまで読んできた説明ではもう一つスッキリわからない。
酛すりは米麹と蒸米をすり合わせて蒸米を早く糖化させるために行う
はっきり理由が書いてあったのは、株式会社大倉本家の山廃仕込みとは?でした。
山卸は米麹と蒸米をすり合わせて、糖化を促進させるための作業です・・・
早く糖化させるとまず乳酸菌が増えて、雑菌が増えず酵母が増殖しやすい環境をつくってくれます。
山廃仕込み
山廃仕込みは生酛づくりから酛すり(山卸)の工程を廃止して、米麹の酵素が蒸米を糖化させるのを待ちます。
株式会社大倉本家の山廃仕込みとは?にはこのように書かれています。
山廃では 麹の酵素が米を溶かすことを応用しているのです。
確かに麹のアミラーゼは蒸した米を糖化しますが、人が何も手を加えないと時間がかかりそうです。もちろん、山廃仕込みにも人の手が加わります。
汲み掛け操作と温度管理
山廃仕込みとは?の記事には画像が2枚あり、それぞれ「糖化作用を促進する 汲み掛け操作」と「冷管を用いての温度管理。酵母の増殖を抑え、糖化のみ先行させるよう、速やかに品温を下げます」とキャプションが付けられていました。
汲み掛け操作は、検索してみると分かりやすい記事がありました。蔵で働く人が書かれた酒母操作「汲み掛け」についてです。酒母は酛と同じ意味です。
この記事によると、米麹と蒸米と水を仕込むと、数時間後には蒸米が水を吸って膨らみます。そこで、筒を入れてそこにたまってくる(糖化酵素が含まれた)水を30分から1時間おきに蒸米にかけ続けるのです。もちろん、蒸米が糖化されて溶ければ、だんだん水が増えていきます。
そして、温度管理は、酵母の増殖を抑えて、まず糖化を進めて乳酸菌を増やすために必要なのです。
乳酸菌が糖を乳酸に変える過程は、乳酸菌が糖を分解して乳酸をつくるのはエネルギー獲得のためをお読み下さい。

15日間乳酸発酵させ酵母を取り込んでさらに15日、だいたい30日で酛ができる
わが家でできるこだわり清酒―本格ドブロクも指南に戻ります。少し端折って書きますが、生酛や山廃仕込みでは、水と麹と蒸米を原料に、まず15日間乳酸発酵させます。このくらいで糖度20%以上で乳酸を含んだ状態となり、ここから酵母が取り込まれて、アルコール発酵が始まり、約30日間で、アルコールと酵母菌を含む「酛」が完成すると書かれていました。
酛はこれでわかりました。次は醪(もろみ)です。醪を搾るとお酒です。
醪(もろみ)とは
酛をもとに、もっと量を増やした米麹、蒸米、水を加えて発酵させたものを醪(もろみ)といいます。本にはこのように書かれています。酛と醪に本質的に違いはありません。何回かに分けて最終的に酛の15倍の量の醪ができます。これを搾るとお酒(日本酒)ができます。
醪は、酛にさらに酒の原料を加えたものである。伝統的な酒つくりでは、普通三回に分けて原料を仕込む。原料は、酛を一とすると、一段目は二倍、二段目は四倍、三段目は八倍というように、倍々に増やしていく(二倍、四倍、六倍という仕込み方もある)。
都合酛量の一五倍の醪ができる。この仕込み方法を「段仕込み」と言い、三回に分けて仕込む場合は「三段仕込み」と言う。
醪の中では、糖化が進むと同時に、アルコール発酵が並行して進行する。日本酒醪は最終的にはアルコール度数は約二〇%前後になる。
醪はどのように発酵していくのか?もう少し臨場感のある説明を探しました。灘酒研究会のサイトの醪にありました。
醪も酛と同じような発酵過程を進む
醪は酛と同じ発酵過程を進むことがわかります。読んでいくと同じことを量を増やして何度も進めているんだなとわかります。
タンクに 酒母(酵母仕込みでは酵母)、蒸米、麹、水を仕込み、その後発酵している状態を「醪」という。仕込直後は流動性がなく膨れた米飯のような状態であるが、糖化が進むと流動性を帯びてゆっくり対流を始める。対流が始まった状態を「醪が返った」などという。
醪初期は、流動性があるものの比重が重く、とろみと甘みがあるが、発酵が進むにつれて比重が軽くなり、とろみと甘みがなくなってくる。このため、発酵の進み具合を比重の変化や甘みの変化で推し量ることができる。
醪が熟成すると醪の比重は水か水より軽い状態となり、液状も水のようにとろみがなくなる。味も、甘さよりアルコールによる辛さを強く感じるようになる。熟成した醪を搾る(上槽する)ことで清酒と酒粕になる。(後略)
NOTE
私は以前、毎日のように神保町の農文協の前を歩いていたので、よくお店に立ち寄り、この本を発見することができました。しかし、今は絶版になっているようで古本しかありません。定価は1333円+税と書かれていました。ご参考まで。
もし、古本屋さんで見つけたら、酒好きな方は買うとよいです。本当にドブロク造りや清酒造りが短いページ数で学べます。買って損はしませんよ。
著者の永田十蔵氏は、もと麹屋さんだそうです。わが家でつくるこだわり麹―米・豆・麦から雑穀までや、誰でもできる手づくりワイン―仕込み2時間2か月で飲みごろとか、誰でもできる手づくり酢、誰でもできる手づくり味噌―はじめてでもできる極上の味という本も書かれています。
日本酒について他にも記事を書いています。日本酒についての記事をお読み下さい。