蒸留酒はアランビックの発明によって普及した

蒸留酒はいつ頃からあるのだろう?紀元前750年頃古代のエチオピアでビールを蒸留したのが始まりです。その1500年後、8世紀に銅製のアランビック蒸留器の発明とともに蒸留酒が普及するようになりました。「銅製」のアランビックはウイスキー造りには欠かせないものです。

ウイスキー

最新 ウイスキーの科学 熟成の香味を生む驚きのプロセスを読みました。ウイスキー好きだけに読ませておくにはもったいない奥が深い本です。発酵過程と熟成の話にはしびれます。

お酒はアルコール発酵によって造られますが、醸造酒のあるところにかならずそれを蒸留してアルコール度数を高めた蒸留酒があります。

醸造は、ある意味自然現象ともいえなくないですが、蒸留は、人が作った技術です。いったい蒸留酒はいつからあるのでしょう?

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蒸留技術は紀元前3000年からすでにあった

蒸留技術は古い時代からすでにあったそうです。もっと新しい時代になってから考えられた技術なのかと思っていました。

蒸留の技術そのものは紀元前3000年のメソポタミア時代からあり、花の蜜から香水を作るために蒸留器が発明されたようだ。

紀元前750年になると、古代アビシニア(エチオピアの旧称)で、蒸留器を使って醸造酒のビールが蒸留された。これが蒸留酒の始まりと言われている。

醸造酒のビールが蒸留されたのが始まりだそうです。紀元前750年頃。これは覚えておきたいです。

錬金術とアランビックによって蒸留酒が普及した

醸造酒から蒸留酒が造られることが普及するようになると、蒸留酒は、”生命の水”と呼ばれ珍重されるようになりました。

盛んに蒸留酒が造られるようになったのは、アランビック蒸留器が発明された8世紀からです。

しかし、多くの人に愛飲される”生命の水”の誕生は、それから1500年もあとに流行した「錬金術」に負うところが大きかった。

ご存知の方も多いように錬金術とは、古代エジプトで起こり、アラビアを経てヨーロッパに伝わった原始的な科学技術のことだ。

科学技術の進展にはその命題が必要だが、錬金術師たちは、酸化しやすい卑金属(鉄や銅など)を酸化しにくい貴金属(金や銀など)に変えることや、「不老不死」の万能薬を作り出すことをその命題として、あれやこれやと知恵を絞った。

その点では、今も昔も科学の命題はあまり変わっていない。

最初読んでいて、錬金術と蒸留酒は直接関係があるように思えなかったのですが、ウイキペディアの錬金術を読んでいると、実験道具がいろいろ作られたようです。

さらに知っておきたい「酒」の世界史を読むと、もう少し詳しく分かります。

蒸留技術の中心をなすのは、いうまでもなく「蒸留器」だが、もともとは酒づくりのために考え出されたものではなかった。

金属を変質させ、貴金属を得るための道具として工夫が重ねられたのである。

「蒸留器」の開発・改良はイスラーム帝国でなされたが、その背景にはイスラーム商圏のもとでの大規模な東西文明の交流があった。

『コーラン』で飲酒が禁止されたイスラーム世界で、蒸留技術が発達したのは皮肉なことである。

イスラーム世界の「蒸留器」は錬金術で使われ、金や銀を人工的につくりだすための道具だった。

鉄、鉛などの卑金属を金、銀などの貴金属に変化させて一儲けしようと企んだ錬金術師たちが繰り返した実験が、すぐれた「蒸留器」を生み出したのである。

伝統的に占星術がさかんに行われていた西アジアでは、実験失敗の原因が星の巡り合わせにより説明されたため、失敗の積み重ねにもかかわらず、根気よく実験が繰り返されたのである。

さらに、この錬金術は中国から来たということだったようです。

イスラーム世界で錬金術が発達したきっかけは、中国文明とイスラーム文明の出あいだった。

中国の「神仙術」という不老不死の薬をつくるための試みが、かたちを変えて貴金属を人工的につくることを目指す「錬金術」になり、「アランビク」という蒸留器が生み出されたのである。

余談ですが、つい最近、ごまの効能を調べてみたという記事を書くために、中国の仙人になる神仙術の本、抱朴子 内編 (東洋文庫)を読んで、なんて面白いのだろう(!)と思ったばかりです。

東洋文庫の本は漢文の読み下しではなく、読みやすい口語訳の本です。ご興味があれば一度読んでみると面白いです。

ごまの効用は、ゴマリグナンであるセサミンの老化防止がよく知られています。しかし、とんでもなく古い時代、神農本草経や神仙術の抱朴子からごまは実に効果的だと書かれていたんですね。セサミンで老化防止基本的なことをまず知りましょう。からだにおいしい

続きます。

中国では三世紀に葛洪(かっこう)が『抱朴子(ほうぼくし)内篇』を著し、鉛・金・水銀を組み合わせて霊薬を調合する方法を明らかにした。

葛洪が重視したのは、変化と回帰の性格をもつ「丹砂(辰砂)」(硫化水銀[HgS]、焼けば水銀となり放置すると丹砂に戻る)と、不変の性格をもつ「金」を調合することにより得られる不死の薬「丹」だった。

「丹」は、鉛や銀などを金に変える作用をもつと主張された。五世紀に道教が成立すると、錬金術や煉丹術は不老不死を得る確実な方法とみなされて大流行した。

道士たちは道教の最高神を祭り、多様な形の炉を金・銀や磁器でつくり、なんとかして「丹」という不老長寿の薬をつくろうと実験を繰り返したのである。

中国では魏晋(ぎしん)南北朝から唐代(二二〇­~九〇七)にかけてが、煉丹術がもっともさかんに行われた時期で、唐代には水銀の入った「丹」を飲んで多くの皇帝が命を落とした。

しかし、つぎの宋代になるとしだいに「丹」の効果に疑問がもたれ、煉丹術は衰えていった。

唐代に中国に進出していたイスラーム商人が煉丹術を知ると、天国を信じる彼らは不死の薬には興味を示さず、金属を変化させる錬金術としての側面に着目した。

それをうまく応用すれば貴金属の製造が可能になると考えたのである。中国の煉丹術は、アッバース朝(七五〇~一二五八)がユーラシア規模の大交易網をつくり上げた八世紀に、かたちを変えてイスラーム社会に移植されたと考えられている。

なるほど、それで、次のアランビックにつながっていきます。

銅製の蒸留器アランビックは8世紀に発明

最新 ウイスキーの科学 熟成の香味を生む驚きのプロセスに戻ります

8世紀になると、アラビアのジャービル・イブン・ハイヤーンという錬金術師が、「アランビック」と呼ばれる銅製の蒸留器を考え出した。

これは蒸発させた成分を凝縮した蒸留液を、細い管から取り出すしくみのもので、独特の美しい形状をしている。

どんな形なのか画像を探したら、アマゾンで販売されていました。

アランビック イタリア製 1250cc

右の容器に原料の液体を入れ、下からアルコールランプで加熱します。沸点の低い成分から蒸気になり、銅管を伝わって、左の容器に移ります。

左の容器の中には、銅管がぐるぐる巻きになって入っていて、一部容器から出ています。容器の中には銅管を冷やすための水が入っていて、蒸気になっていた成分はまた液体に戻り、集められるという仕組みです。

アランビックで蒸留すると雑味がとれ、すっきりした品質の蒸留液が得られるため、これを手にした錬金術師たちは、さまざまな醸造酒を蒸留しはじめた。

蒸留技術は一気に進化し、造られた蒸留酒は”生命の水”と呼ばれて人々の間に広まっていったのである。

なぜ、紀元前からあった蒸留酒が、この時代になるまで長く普及せずにいたのか、これは謎の一つである。

ともかくも、蒸留酒の普及はアランビックの発明によるところが大きかった。そして同時に、”生命の水”というネーミングの影響も見逃せないだろう。

この言葉には、何か人をわくわくさせる神秘的な響きがある。

8世紀にアランビック蒸留器が発明され、蒸留酒が造られるようになったので、蒸留酒も8世紀頃から普及したと考えればよいと思います。

さらに、銅製アランビックにはとても興味深いことがあります。

ウイスキーは銅製を使わなければならない

焼酎の場合は影響はないようですが、ウイスキーの場合、蒸留器は銅製でなければならないのです。

じつはポット・スチルが銅でできていることも、ウイスキー造りでは非常に大きな意味を持っている。

おそらく蒸留器が発明された当初は、軟らかく、加工しやすい素材という理由から銅が用いられたのだろう。

しかし反面、銅は非常に高価だし、耐用年数も短い。現代であれば、たとえばステンレスなどを代用したほうが安上がりで便利なのだが、それでは品質的に、とてもウイスキーとは呼べないものにしかならないのだ。

このことについて、この本でもたびたびふれられている、日本ウイスキー 世界一への道 (集英社新書)に実際的なことが書かれていました。この本もとても面白いです。農学部の学生さんが読むとよいだろうなと思います。

ステンレスの部品を使うと異臭と黒い混濁物ができる

モルトウイスキーの蒸溜には銅が必須である。たとえば本格焼酎の蒸溜には現在ほとんどステンレススチールが使われているが、モルトウイスキーの場合、釜だけでなく、カブト、ラインアーム、コンデンサーに至るまで全て銅製である。(中略)

一九六〇年代、私達はある問題に直面したことで、実験を繰り返し、銅釜の必要性を確認した。

当時、山﨑蒸留所の一部の初留液に硫黄臭もしくは硫化水素に近い異臭を感じるものがあり、工場長よりその原因究明と改善が私達ウイスキー研究所に依頼された。

指摘の初留液には、確かに若干の異臭と黒い混濁物があった。設備を見ると釜やカブト、ラインアームは銅製であるが、それ以降の部分はステンレス製であった。

その理由は蒸発部分が凝縮する箇所は銅の腐食が激しいので、耐蝕性のステンレススチールを使っているとのことだった。

もちろん、このこと(ステンレスの使用)が原因だったのです。

また、最新 ウイスキーの科学 熟成の香味を生む驚きのプロセスに戻ります。

銅は硫黄や過剰な脂肪酸と結合する

銅はウイスキーにとって余分な成分と結合して取り除いてくれます。

銅には金属触媒としてさまざまな反応に関与する性質があり、そのことがウイスキー造りに大きく貢献していることが、近年になってわかってきたのである。

発酵モロミを蒸留して得られる低沸点成分は、すべてが快い香りを持っているわけではない。

とくに、硫黄系の成分は扱いが難しい。温泉で嗅ぐ硫黄の匂いはそれなりに魅力があるが、それがウイスキーに含まれていたら話は別だろう。

「温泉卵の香りのするウイスキー」はあまり頂戴する気になれない。ところが発酵モロミには、酵母菌体中の含硫アミノ酸に由来する硫黄成分が含まれている。

なかでも硫化水素をはじめとするチオール化合物は悪臭で知られていて、困った存在なのだ。

だが幸いなことに、銅にはこれらのチオール化合物と反応して捕捉する性質があり、不快な臭いが蒸留液に入り込まないようにしてくれる。

チオール化合物は主にパイプから冷却部(コンデンサー)の蒸気凝縮過程で捕捉されることが明らかにされている。

また、過剰な脂肪酸も銅と結合して除かれる。異臭のもととなる主要な化合物であるジメチルスルフィド(DMS)の場合、銅釜で約70%は除去されてしまうということだ。

ただ、すべての硫黄化合物が悪者というわけではない。発酵工程でできるごく微量の硫黄化合物はウイスキーの香味に厚みをつけるうえで好ましい場合もあり、なかなか加減具合は難しいのだが、これが嗜好の世界ということだろう。

さらに、蒸留工程では加熱によって、β-ダマセノンやフルフラールなどの特徴ある香り成分の生成、糖とアミノ酸のメイラード反応、有機酸とアルコールのエステル化などが進行することが知られているが、熱効率がよく、触媒効果を持つ銅製のポット・スチルは、これらの反応を促進すると考えられている。

たとえば銅の表面にできる緑色の塩基性炭酸銅は、アルコールと有機酸をエステル化して、香味を持たせるうえで大きな効果があることが報告されている。

緑色の塩基性炭酸銅というと緑青(ろくしょう)を思い出します。調べてみると、やはりその通りで、塩基性炭酸銅は、緑青の主成分でした。(緑青の色

緑青は猛毒ではなかった

緑青は、銅が酸化することで生成される青緑色の錆で、私は子供の頃、猛毒だと習った記憶があります。しかし、ウイキペディアの緑青を読むと、このように書かれていました。

猛毒ではないのです。

日本では昭和後期まで緑青には強い毒があると考えられ、一部の教科書や辞書類にも猛毒であると書かれていた。

だが東京大学医学部教授の豊川行平が、1962年から3年間かけて天然緑青を動物に経口投与する実験を行った結果、「恐ろしい猛毒という知識は間違いで、他の金属と比較して毒性は大差ない」と結論づけた。(出典

まとめ

錬金術と聞くと、何ともあやしげな雰囲気を感じて、興味をかき立てられます。

子供の頃の理科の実験を思い出しても、物質を変化させる実験が面白くないわけがありません。私が学生の頃、すでに化学専攻は人気がなかったですが、化学は面白いなと最近は思っています。

醸造酒で一番アルコール度数が高いのは日本酒です。20%程度まで上げられます。それ以外の醸造酒は、補糖しますがワインで12%くらいで、それ以外はビールとどっこいの5~7%くらいです。

それまでなかった蒸留酒を飲み始めた人たちは、どんな感想を持ったのか、聞いてみたいですね。

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