ビールからウイスキーはできるでしょうか?ビールは麦汁から不純物を除去して発酵させられます。そして最後に濾過されます。一方、ウイスキーの蒸留前の発酵モロミは、酵母の自己消化臭や味噌のような重い香りが支配的です。近いものはできるようですが・・・。
ビールからウイスキーはできるかな
ビールもウイスキーも、モルト(大麦麦芽)が原料です。醸造させた酒はビールで、ウイスキーは醸造させたモロミを蒸留、つまりアルコール度数を高めて、ニューポットといわれる蒸留酒にします。それを木の樽に詰めて、何年も寝かせてやっとできあがります。
もともとビールがあり、ウイスキーが後の時代にできたのは間違いありませんが、普段飲んでいるビールを蒸留すればウイスキーになるのだろうか?
そんなことを考えたことはありませんか?
ビールとウイスキーの仕込みの違い
ビールとウイスキーをつくる時、発酵までの工程で、何か違いがあるのでしょうか?
日本ウイスキー 世界一への道 を読むと違いが書かれていました。この本は、理系の方が書かれた本らしく、ムダなことを一切書かずに淡々と興味深いことが整理されています。
ビール醸造における仕込との相違という記事があり、最初にこんなことが書かれています。
さて、二条大麦の麦芽を使用し、糖化・濾過を行って麦汁を取るという意味で、ウイスキーとビール(特にオールモルトのビール)の仕込には一見共通性があるが、ビールの場合は麦汁を取った後に1~2時間の煮沸工程があり、この工程中にホップも添加されるので、次の諸点でウイスキーの仕込と大きく異なっている。
あれっ、なぜビールの場合、モルトを糖化させて得られた麦汁を1、2時間も煮沸するのかな?と思いましたが、まずは、この本に書かれていることを知って行きましょう。
ビールの麦汁は完全に殺菌されている
煮沸のためビールの麦汁は無菌状態になっており、発酵のために加えられた培養酵母だけの純粋な発酵である。
これに対しウイスキーの麦汁、特に一番麦汁は60数度の温度で短時間のうちに採取され、その後に殺菌工程が無い。
それ故に麦芽由来の菌類(主として乳酸菌類)が生き残ったまま発酵槽に入る。その乳酸菌類が発酵の中・後期に増殖し酵母と共に香味づくりに加わる。
ウイスキー製造の場合、麦汁を60数度にするのは糖化酵素アミラーゼを働かせるためです。甘酒をつくる時もそのくらいの温度で保温します。
また、発酵している時、酵母が乳酸菌と協力し合うことは、酒、味噌、ヨーグルトをつくる時でも変わりません。ウイスキーの発酵までの工程の方が、自然なことのように感じます。
ビールの麦汁が完全に煮沸され、殺菌されているのはなぜかなと改めて思います。
ビールの麦汁には麦芽の持つ酵素の作用が失われている
煮沸によって麦汁中の酵素は完全に活性を失っているが、ウイスキーの場合は一番麦汁は酵素(主としてアミラーゼ類)の活性が残存している。
従ってウイスキーの場合、発酵槽の中でも糖化が続き並行複発酵の形となり、ビールに比べて発酵度が高くなり、発酵終了後の醪の残糖が極めて少ない。
並行複発酵は、糖化とアルコール発酵が並行して行われることです。日本酒の発酵は、麹の糖化と酵母のアルコール発酵が同時に行われる並行複発酵としてよく知られています。
日本酒はその並行複発酵のおかげで、世界で唯一、アルコール度数が20%近くまで上がる醸造酒です。
きっと、ウイスキーの発酵モロミは、ビールに比べてアルコール度数が少し高くなるでしょう。
発酵前の麦汁成分が大きく異なる
ビールの場合、煮沸による成分変化(糖とアミノ酸のアミノカルボニル反応による色の変化、タンパク質の凝固等)が起こり、ホップの苦味成分や香り成分も加わる。
それに対してウイスキー麦汁の特徴は、大麦、麦芽由来の野の香りと甘味である。ピート麦芽を使用した麦汁では、ピーティングの度合にもよるが、スモーキーフレーバーの成分が加わる。
アミノカルボニル反応とは、メイラード反応のことです。これは後述します。
ホップはビールだから入れるので、ウイスキーには不要です。同じように、ピート麦芽とは、大麦を発芽させて麦芽にした後、ピート(泥炭)を燃料にして乾燥させたものです。
ピート由来の香りがつきます。ウイスキー製造独特の方法です。ビールにスモーキーフレーバーは関係ありません。
なぜ、ビールの場合、麦汁を1、2時間も煮込むのでしょう。これだけではよくわかりません。この本はウイスキーの本なので、改めてビールの本を読む必要があります。
ビールを造る時、なぜ麦汁を煮込むのか?
ビールの本を探しに図書館に行き、関係本を片っ端から斜め読みしていきました。
すると、世界に通用するビールのつくりかた大事典という素晴らしい本を見つけました。B5版の大きな本で、少し厚い紙を使った254ページの本です。写真が満載でわかりやすい。ビール好きにはたまらない本です。
2017年5月発行の比較的新しい本で、アマゾンではレビューがまだ1個しかついていませんが、いずれ、広く読まれる本になると間違いなく思います。
この本の中に麦汁を煮込む意味が書かれていました。
長時間煮込む理由
まずは、やはり殺菌でした。
まず何よりも、ビールを消毒するためです。穀粒中の雑菌を確実に死滅させるには煮沸消毒が唯一の方法なのです。
しかし、1~2時間も煮込まなくても、たいていの菌は死んでしまいます。もちろん、それ以外に理由があるのです。
この本には、「モルトの風味が強まる」「ビールの雑菌を除去する」「ビールの透明度が増す」「アルコール度数が上がる」などと書かれています。
モルトの風味が強まる
麦汁を煮沸するとカラメル化とメイラード反応が起こります。カラメル化は、糖分がほどよく焦げてカラメルのような風味が生まれる現象です。
メイラード反応は、タンパク質と糖分が融合して茶色になることです。醸造用語で言えば、豊かなモルトフレーバーが生まれる反応です。
カラメル化もメイラード反応も、何かを料理したり焼いたりすると茶色い焼き色がつくのと同じで、食べものをおいしくする反応です。
これは読むだけでわかりますね。砂糖を焦がすと茶色くなり特有のにおいがします。また、メイラード反応は、パンを焼くとキツネ色になり香りがつくのが一番わかりやすい例です。
次に行きましょう。
ビールの雑菌を除去する
これはさらに重要です。煮沸によって、ビールに不快なにおいをもたらす揮発性芳香化合物を取りのぞくことができます。
なかでもぜひ追い出したいのが、硫化ジメチル(DMS)と呼ばれる風味化合物です。DMSは野菜のような臭気で、たいていの場合ゆでたトウモロコシに近いにおいがします。
マッシング中に発生しますが、麦汁を煮沸すると、水蒸気とともにしだいに蒸発していきます。ですから煮沸中はフタを外しておきましょう。さもないと臭気が凝縮してビールがふたたびくさくなってしまいます。
エクストラ・ペールモルトやラガーモルトを使って醸造する場合は、先に述べた時間通り、あるいはそれより長く煮こむのが特に重要です。
これらのモルトのかすかな風味は悪化しやすいうえに、DMSになる前の物質をひじょうに多く含んでいるからです。そのためラガーを仕込むときはいつも、1時間といわずたっぷり1時間半かけて煮こむようにしています。
「ビールの雑菌を除去する」と書かれているのに、雑菌の話が出てきませんが、きっとそれは言わずもがなのことなのだと思っておきましょう。
ラインマーカーを引いたことばの意味を調べました。
硫化ジメチル
硫化ジメチル(DMS)はこんな物質です。簡単な構造です。
ウイキペディアで調べてみるとこんなことが書かれていました。「キャベツが腐ったにおい」で想像ができますね。
キャベツが腐った臭いとも表現される悪臭成分で、ミズゴケやプランクトンなどが作る物質でもある。海苔の香り成分としても重要である。
ジメチルスルフィドは悪臭成分であり、海などで感じる「潮臭さ」は海洋プランクトンが作るジメチルスルフィドによるものである。
また、人間の口臭の原因となる成分の一つである。 また、この特徴を利用して、都市ガスなどを着臭している。(出典)
つまり、取り除かなくてはいけない悪臭です。沸点は37℃なので、煮沸を続ければ気化して抜けてしまいます。
マッシング
マッシング(mashing)のマッシュ(mash)は、マッシュポテトのマッシュです。「すりつぶす」「すりつぶしてどろどろにする」という意味があり、「マッシュポテト」や「麦芽汁」の意味もあります。(出典)
この本には次のように説明されていました。
マッシングとは、穀粒と水を混ぜて加熱し、温度を64~69度に保つ工程です。通常は1時間ほどかけて行ない、この間に穀粒が水和(水と結合すること)し、特定の酵素が穀粒中のデンプンを分解して糖に変えます。
文中にあるように、硫黄(S)はモルト(麦芽)由来です。
ちなみに、ウイスキーの場合も同じ大麦を使っていますから同じようにDMSが出ます。もちろん、取り除かれるのですが、ウイスキーの蒸留工程で「銅製」のポット・スチルを使うことで可能になります。
詳しくは、蒸留酒はアランビックの発明によって普及したに書きました。
ビールの透明度が増す
煮沸はビールの透明度を高めます。煮沸を始めた段階でホットブレイクという現象が起こります。これはタンパク質とタンニンがたがいに反応して大きな分子(つまり塊)になることです。
そのため、麦汁が沸騰してきたら充分に注意を払わないと、煮えたぎることによって、こうした塊がビールの表面に泡立ってきて吹きこぼれます。こうなるとやっかいです。麦汁はひじょうに粘りけがあるため、なかなかきれいにふき取れません。
しかし、この現象には別の側面があります。煮沸しつづけると、こうしたタンパク質の塊(これもホットブレイクとよばれます)はさらに大きな塊となり、麦汁に溶けなくなります。
そして煮沸容器の底に沈殿していき、最終的に麦汁は煮沸前よりはるかに透明になります。そのままずっと煮沸をつづけていくと、小さなタンパク質のかけらがこうした塊から引きはがされて、ビールは濁りますが、泡持ちはよくなります。
ビール醸造にはあらゆる場面で妥協がつきものです。
アルコール発酵にはデンプン由来のブドウ糖が必要で、タンパク質はほとんど必要ありません。(酵母も乳酸菌も生きていくために多少必要ですが)
日本酒を買うと、ラベルに精米歩合60%などと書いてあります。これは、お米を磨いて(削って)表面に多く存在するタンパク質などを取り除いているのです。雑味になるからです。
ビールの場合、麦芽を使うので大麦を精白することはできません。アルコールになる前の麦汁を煮沸して、余分なタンパク質を取り除いているということですね。
大麦のタンパク質
大麦のタンパク質について調べてみました。日本食品標準成分表2015年版(七訂)を読むと、大麦を精白したものは押麦(おしむぎ)しかありませんでしたが、精白米と比較してみましょう。
実は、小麦にはタンパク質が多い(10g以上)のですが、大麦は炭水化物が多く、お米とほとんど変わりがありませんでした。酒を造るには大麦の方が適しているでしょう。
小麦のタンパク質にグルテンがあるので、粘りが出て麺やパンが作れます。お米だけでは麺もパンも作れません。
おおむぎ/押麦 | 精白米/うるち米 | |
エネルギー | 340kcal | 358kcal |
水分 | 14.0g | 14.9g |
たんぱく質 | 6.2g | 6.1g |
脂質 | 1.3g | 0.9g |
炭水化物 | 77.8g | 77.6g |
灰分 | 0.7g | 0.4g |
アルコール度数が上がる
煮沸は、ぼくたちのように趣味でビールをつくる人にとって、ビールの全体量を減らす唯一の手段です。煮て凝縮させることで、よりアルコール度数が高く、甘味と苦味の強い麦汁ができます。
しかもそこにはホップも入ります。ビールとホップは風味の点で相性がよいだけでなく、密接に絡み合っているのです。
これは、単純に全体の水の量を減らして、麦汁を濃縮しているのです。できた糖の量は変わらないですが、濃度が上がることで、アルコール度数が上がるという仕組みです。これはそれほど本質的なことではありません。
ビールの仕込で、麦汁を長時間煮沸することの本質的な意味は、
- 風味と色を変化させる、カラメル化とメイラード反応
- 悪臭である硫化ジメチル(DMS)を飛ばすこと
- 余分なタンパク質を沈殿させて取り除くこと
だと思います。
そもそもの疑問は、「ビールを蒸留すればウイスキーになるのか?」ということでした。
しかし、ビールの仕込みで、麦汁を1、2時間煮沸することで、麦汁自体から不要な物が除かれ、やや軽くなっていて、ウイスキーの発酵モロミより「薄く」なっているのではないかという気がします。
ビールとウイスキー、発酵工程の違い
再び、日本ウイスキー 世界一への道 へ戻ります。
ウイスキーの蒸留前、発酵モロミは重い香りがする
蒸留する前の、発酵モロミについて書かれているところを探したらありました。ウイスキーのモロミの発酵時間は、48~50時間。後熟も入れて80時間、つまり3日程度です。
発酵開始後10~30時間が最も激しい糖の消費(アルコールの生成)と泡の湧き上がり期であるが、スタート温度から最高温度までの温度経過は華やかなウイスキー成分を多く作る上で極めて大切なプロセスであり、この時期の発酵醪は辺りに花のような、また果物のような香りを充満させる。
40時間位で酵母のアルコール発酵は終了し、目標のアルコール度数に達する。蒸留所によっては48~50時間位の発酵ですぐに蒸留に入る所もあるが、私達は酵母発酵終了後の20~30時間が豊かなウイスキー造りに重要と考えており、この期間を「醪の後熟」と呼んでいる。
この醪の後熟を経ることによって、ウイスキーは厚み、複雑さ、個性と同時にクリーンさを備える。
この時点での醪自身の香りは、それまでの華やかさとは打って変わり、酵母の自己消化臭や味噌のような重い香りが支配的となっている。
これで、ビールとウイスキーの発酵モロミはかなり違うものだろうなとわかりますね。
酵母の自己消化臭とは、身近なところでは、ドラッグストアーで売っているエビオスやビール酵母のにおいが想像できます。そして味噌のような重い香りもついていれば、もはやビールとはいえないですね。
ビールより重くて濃い。それがウイスキーの発酵モロミの特徴です。
ビールの発酵期間は7~8日
一方、ビールの発酵期間は、ビール酒造組合のビールの豆知識|ビールの造り方を読むと、7~8日と書かれていました。
こんなことが書かれています。
発酵
熱麦汁を5℃くらいに冷却し、これに酵母を加えて発酵タンクに入れます。7~8日の間に酵母の働きによって、麦汁中の糖分のほとんどがアルコールと炭酸ガスに分解されます。
こうしてできあがったビールは若ビールと呼ばれ、まだビール本来の味、香りは十分ではありません。
さらに、貯酒という工程があります。
貯酒
若ビールは貯酒タンクに移され、0℃くらいの低温で数十日間貯蔵されます。この間にビールはゆっくり熟成し、調和のとれたビールの味と香りが生まれてきます。
熟成の終わったビールはろ過され、透きとおった琥珀色のビールができあがります。
ビールの熟成とは何だろう?わかりにくいので検索すると、ビール製造における熟成についてという論文が出て来ました。
ビールの製造における醗酵は下面酵母を用いるときは麦汁を5℃前後に冷却して凝固物を除きほとんど透明になったものに酵母を加えて行ない,醗酵性糖類のほとんどを分解してしまう主醗酵と,次に低温の中に日数をかけて残っている遅醗酵性糖類の消化を進めていく後醗酵すなわち熟成作業の二つに行程を分け,主醗酵の終った麦汁を若ビールと称している。
若ビールは後醗酵が終了してから濾過して清澄なビールとするのだがこの時に炭酸ガスを吹き込む場合とその必要のないのとある。
日本のビールメーカーのビールは、ほとんどが下面発酵の酵母を使うラガービールです。最初の7~8日で麦汁にあるほとんどの糖類を発酵させ、低温の環境で、数十日をかけて残りの糖類を発酵させるのが熟成過程だと考えてよさそうです。
つまり、ウイスキーの発酵モロミはせいぜい3、4日で発酵を終えてしまうのに、ラガービールは発酵期間が数十日もある。
そして、ラインマーカーを引きましたが、最初に麦汁を5℃程度(この温度は家庭用冷蔵庫の庫内と同じ温度です)に冷やして、凝固物を取り除くと書いてあります。
ビール用の麦汁は、ウイスキーの発酵モロミと違い、余分なものを取り除く工程があります。いつも飲んでいるビールの、濁らない透明な色、スッキリとした飲み心地にするために当たり前の作業です。
改めて、ビールを蒸留すればウイスキーになるのか?
ここまで書いてくるとわかります。
ビールを蒸留してもウイスキーにはならないでしょう。アルコール度数は2度蒸留すればもちろんそこそこ高くなります。
しかし、ウイスキーの発酵モロミと比べれば、麦汁を1~2時間煮沸し、苦味と香りのためにホップが加えられ、さらに発酵させる前に5℃に冷やして凝固したものを取り除き、さらにビールとして製品化する時は、濾過して瓶詰めします。
これだけ麦汁からいろいろなものを除去しているのですから、たとえアルコール度数を同じにして樽に詰めて熟成させても、せいぜい香りや味の薄いウイスキーのような飲みものになるくらいではないかと思います。
サントリー なるほどコール 赤坂5丁目分室によるとこんなことが書かれていました。
大雑把にいうとその通りです。ただ、それぞれ、近い製品にはなりますが、お手元のビールやワインを蒸留したからといって、おいしいウイスキーやブランデーになるわけではありません。
何故、近い製品になるのかと言うと、ビールとウイスキー、ワインとブランデー、この各ペアは主原料が同じなのです。
まず、ビールとウイスキーですが主に麦芽が原料です。ですが、ウイスキーは麦芽を作るときの温度や、ウイスキー独特の香りつけなどの工程が違います。また、ビールには欠かせないのがホップですが、ウイスキーの原料には必要ありません。
まとめ
ビールを蒸留したらウイスキーができるのか?たまに思うことですが、調べてみると、ウイスキーとビールでは仕込みと発酵方法がだいぶ違います。
ビールは、長い間飲み継がれながら、時代とともにすっきりした味が好まれるようになり、製造方法が変わっていったのではないかと思います。特に冷蔵庫が発明された影響は大きかったと想像できます。
すっきりした味のビールを蒸留しても、深い味わいのウイスキーはできそうにないことがわかりました。