クエン酸を黒麹カビで製造する歴史は100年前から

この記事では、クエン酸が黒麹を使って製造されるようになったのは100年前のアメリカからで、黒麹は、パンに生えたカビから採取されたこと、黒麹のTCA回路の反応を途中で止めることで、クエン酸がたくさん得られるようになったことを説明します。

かび

以前、クエン酸は黒麹からつくられるってご存知ですか?を書いた時、クエン酸製造に黒麹が使われるようになったのは、何となく最近のことだろうと思っていました。

ところが、カラー図解 EURO版 バイオテクノロジーの教科書(下) を読んでいたら、100年前の1917年にアメリカの化学雑誌「ジャーナル・オブ・バイオロジカル・ケミストリー」に黒麹によるクエン酸製造の記事が掲載されていたと書かれていました。

この本は実に面白くて、文系の私が読んでも楽しめます。多分、高校生が読んでも面白く感じるのではないかな。

クエン酸の構造が判明、真菌がつくることも分かった

クエン酸の構造を決定したのは、ドイツのリービッヒでした。リービッヒは植物の生育にチッソ・リン酸・カリ(ウム)が必要であると発見し、化学肥料のベースを作った人です。1838年のことです。

また、1839年にやはりドイツのC.ウェーマーという人が、砂糖を炭素源として増殖する真菌が、クエン酸を培地中に分泌するのを発見しました。

真菌ってわかりますか?

真菌

真菌とは、菌類のことです。キノコ・カビ・酵母の総称です。外部の有機物を利用する従属栄養生物です。光合成をする葉緑体は持っていません。

キノコとカビ、酵母が同じようなものだとは知りませんでした。カビの仲間には、麹のほかに厄介ものの白癬菌(水虫菌)がいます。

真菌は、細胞核を持ち、細胞内にミトコンドリアもあります。酸素呼吸のためのTCA回路を持っています。

TCA回路では、砂糖をブドウ糖に分解して、それがアセチルCoAになってTCA回路に入るのですが、最初にできる物質が、クエン酸です。

クエン酸は、意外と簡単な構造です。ちなみに、ヒトも酸素呼吸をしていますから、あなたも私も細胞の中のミトコンドリアでいつもクエン酸が作られています。

クエン酸

クエン酸

クエン酸製造は最初果汁を原料に

クエン酸の製造は、1826年イギリスのJohn and Edmund Sturge(ジョン&エドモンドスタージ)社で始まりました。

原料はイタリアから輸入した柑橘類(レモンとライム)のジュースで、そこからクエン酸カルシウム塩が得られ、クエン酸に加工されました。

クエン酸は何に必要だったんでしょう?やはりジュースのもとにしていたのでしょうか?この会社では酒石酸や炭酸カルシウムも作っていたようなので化学薬品会社です。

イタリアはレモンの生産地として独占的な地位を得て、価格が上昇、第一次大戦の間、さらにレモンの価格が上がりました。

価格が上がると、何か他に原料や方法がないか探すようになります。

黒麹カビの登場

1917年、ジェームズ.N.カリー(James N. Currie)がアメリカの化学雑誌「ジャーナル・オブ・バイオロジカル・ケミストリー」に黒麹カビ、アスペルギルス・ニガー(Aspergillus niger)が他のカビに比べてクエン酸をはるかに多量に産生することを見いだしました。

産生とは、細胞の中で作られるという意味です。

この頃の話が、ファイザー株式会社 のファイザー社(米国本社)の歴史 に詳しく書かれていました。少し長いですが、引用させていただきます。

http://www.pfizer.co.jp/pfizer/company/history-us/1849-1899.html

第一次世界大戦中、ファイザー社の最も重要な製品といえるクエン酸の製造に必要な原料の供給が途絶えたとき、工場を閉鎖するか、製品を完成させるために別の方法を見いだすか、2つの選択肢しかありませんでした。

数十年にわたってクエン酸はファイザー社の最も親しまれた製品でした。もともとレモン、ライム、サワーオレンジなどの柑橘類の汁を処理して作られたクエン酸は主に薬として用いられたほか、食品、ソフトドリンク、洗剤、工業用に利用されていました。(中略)

ジェームズ・カリー博士が入社した1917年、新しい時代が幕を開けました。政府機関の食品化学者として、カリー博士はチーズ製造工程における発酵作用を研究していましたが、その工程の副産物にクエン酸があることを発見しました。

他の科学者も数十年前からその存在を認めてはいましたが、それに秘められた可能性には気付きませんでした。

カリーは砂糖とパンのカビを使って―連の発酵実験に着手し、少量のクエン酸を生産することに成功しました。とはいえ、この物質を量産するということは別のことでした。カリーはこの挑戦に取り組むためファイザー社に入社したのです。

これを読むとクエン酸の用途が分かりました。薬、食品、ソフトドリンク、洗剤その他で広い用途があったのですね。

薬としてはウイキペディアによると、検査用血液サンプルの抗血液凝固剤や、尿をアルカリ化させ尿酸の排泄を促進することから、痛風に代表される高尿酸血症の治療のために使われていたようです。(出典

実は、私、黒麹をいったいどこから採取したんだろうと思っていました。パンに生えるカビから黒麹を採取していたとは、いつものことながら発酵のタネは身近なところにあります。

クエン酸産生のための条件

クエン酸の産生量をさらに増やす条件について詳しく調べられました。その結果、栄養培地のpHを強酸性にすると、アスペルギルス・ニガーのクエン酸産生量が増大し、さらに、培地中の鉄イオンを0.5mg/Lに減らすと生産性はさらに高まりました。

低いpHと鉄の欠乏が、クエン酸を分解する酵素、”アコニターゼ”を阻害し、クエン酸が分解されなくなったと考えられました。TCA回路では、クエン酸は、次にイソクエン酸に変化するのですが、それができなくなったのでクエン酸がたまってしまうということなのです。

クエン酸製造の図解

図を見てください。

TCA回路は、赤字で書いたアセチルCoAがオキサロ酢酸と反応してクエン酸になるところから始まります。アセチルCoAの前をさかのぼると、ブドウ糖に行き着きます。

アセチルCoAの実体は、補酵素Aに連れられた炭素数2の酢酸です。それが、炭素数4のオキサロ酢酸と反応して、炭素数6のクエン酸になります。

条件をつくると、TCA回路内の反応がクエン酸から先に進まなくなるので、クエン酸がたくさんできるということです。

しかし、回路なんだから、クエン酸で止まってしまうとオキサロ酢酸が不足するではないかと思います。この辺はうまくできていて、オキサロ酢酸は、ブドウ糖があれば別のルートでつくられて供給されます。

もう一つ図を載せましょう。オキサロ酢酸とアセチルCoAの反応式です。補酵素Aは運び屋なので、自身は反応の影響は受けません。このようにしてクエン酸がつくられます。

 

そしてクエン酸は、容易にミトコンドリアの外に出ることが知られています。

また、強酸性の環境が、アスペルギルス・ニガーの細胞膜を変化させて、クエン酸を外に分泌しやすくなると考えられ、さらに、この環境が雑菌の生育を抑えて、結果的にアスペルギルス・ニガーのクエン酸産生を助けると考えられました。

アスペルギルス・ニガーのことが発表されたのは1917年でしたが、1920年代になるとアスペルギルス・ニガーを使ったクエン酸製造が始まりました。

クエン酸の原料

クエン酸の原料は、グルコース(ブドウ糖)やショ糖(いわゆる砂糖です)、廃蜜糖でした。廃蜜糖は、サトウキビから砂糖を搾って分離したあとに残ったものです。安い材料です。

クエン酸製造が、果汁を使わなければできなかった時代と比べると、原料が腐らない。そして安価である。生産するのがアスペルギルス・ニガーですから、熱や電気などのエネルギーが不要。安く大量につくれるようになります。

もちろん、John and Edmund Sturge社でもこの方法は採用されました。

実際、現在では、原料の85%をクエン酸に変換できるようです。現在の用途は、清涼飲料水や食品加工、化粧水などに広く利用されているそうです。

まとめ

私が黒麹のことを知ったのは、沖縄の泡盛の醸造からでした。それが何となく先入観になっていて、泡盛の製造方法がよく調べられてから、黒麹によってクエン酸製造が始まったのかなと思っていました。

しかし、今から100年前にすでに黒麹によるクエン酸製造が始まっていて、しかも、黒麹はパンに生えたカビ由来だったというのがとても面白かったです。

黒麹からクエン酸を製造する方法は、TCA回路での反応を途中で止めることでクエン酸をたくさん得ることができる方法でした。

TCA回路やクエン酸はわれわれに無関係なものではありません。それどころか、あなたの体の細胞でも私の体の細胞でもTCA回路の反応が休みなく続いています。

もちろん、常にクエン酸もつくられています。ただ、途中で止まることがないので、すぐに次の物質に変化していくのですが。

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