「発酵野郎!: 世界一のビールを野生酵母でつくる」を読んだ

伊勢神宮そばの老舗の餅屋さんの21代目がビールを造った話です。ビール技術者を入れず自分たちで造り始めて、最初は専門家におかしなにおいを指摘されました。しかし、6年でクラフトビールの世界一を取り、さらに売れるビールも造り、また、伊勢の森から採取した天然酵母でビールを造るために農学博士まで取ってしまった、なんかスケールの大きな話です。面白かった。

クラフトビール

発酵野郎!: 世界一のビールを野生酵母でつくるを読みました。

読み終わると、この「発酵野郎!:世界一のビールを野生酵母でつくる」というタイトルに大事なところが全部入っているんだとわかりました。

伊勢神宮そばの老舗の餅屋さんが地ビールを造り始めた話

この本は、伊勢神宮そばの老舗の餅屋さんが地ビールを造り始めた話が書かれています。

餅屋さんは、赤福よりも歴史が古い、1575(天正3)年からきなこ餅を振る舞う茶店として営業している二軒茶屋餅角屋本店。著者はその21代目の鈴木成宗氏です。

二軒茶屋餅角屋本店は、食べログの紹介記事を読むと、写真もあり老舗の雰囲気がわかります。

二軒茶屋餅角屋本店 (五十鈴ケ丘/和菓子)
★★★☆☆3.55 ■予算(夜):~¥999

しかし、老舗の餅屋さんが地ビールを造り始めたと聞いてもまったく魅力を感じません。よくある話だからです。そして、昔の地ビールブームを思い出すと、エチゴビール以外おいしかった記憶がありません。

しかし、鈴木成宗氏のインタビューを読むと、おやっ、これは違うなと思います。

鈴木成宗氏(伊勢角屋麦酒)|プロフェッショナルのターニングポイント| ハイクラス転職ならクライス&カンパニー
鈴木氏のターニングポイントとは?「クラフトビールで世界一の頂点に立ってもどん底の日々。最大の転機は、13時間連続で怒られた体験だった。」/TURNING POINTではプロフェッショナルのターニングポイントに注目しインタビュー。自分らしいビジネス人生を掴んでいただくためのヒントを見つけてください。

伊勢角屋麦酒は世界一のクラフトビール

ビールは伊勢角屋(かどや)麦酒とよばれています。今は、地ビールといわないで、クラフトビールというのですね。

伊勢角屋麦酒、イギリスのコンテストで1位を取り、日本のクラフトビールの出荷量では5位だそうです。通販も店舗案内も一緒になったサイトがあります。東京では新宿と八重洲(八重洲北口から徒歩数分です)に直営店がありました。

【公式】伊勢角屋麦酒
"伊勢から世界へ" を合言葉に国内外に熱狂的なファンを持ち、世界中のビールコンペティションで金賞の常連である伊勢角屋麦酒の希少な限定も取り揃えた樽生クラフトビール13種と、100年前から木樽で作り続けている伊勢角屋の味噌と醤油をつかった和食で三重県の食材をお楽しみいただける「クラフトビール居酒屋」です。

本にこのように書かれていました。

「ビール界のオスカー」とも呼ばれる英国のインターナショナル・ブルーイング・アワーズ(IBA)では17年にはペールエールが金賞、ブラウンエールが銅賞を頂いたのに続き、19年にはペールエールが2大会連続の金賞、ヒメホワイトが銅賞を受賞した。

インターナショナルブリューイングアワードはサイトがあり、Smallpack Ale Class 1,2,3,4 2019に、Smallpack Ale -Class 3 (abv range 5% – 5.4%)があり、金メダルにIse Kadoya Pale Aleがありました。

たいていの観光地にあるご当地ビールとはちょっと違うようです。

食べログの伊勢角屋麦酒 八重洲店のリンクも貼っておきます。

伊勢角屋麦酒 八重洲店 (日本橋/ビアホール)
★★★☆☆3.49 ■国内外から注目される伊勢角屋麦酒12タップと三重の味覚を楽しむ一軒 ■予算(夜):¥3,000~¥3,999

「ビールづくりがうまくいかない」から世界一になるまで

輝かしい受賞歴がある伊勢角屋麦酒ですが、ビールを造り始めて壁に突き当たる過程は、実に普通です。違うのは、壁に突き当たった後に、世界一を目ざし、そのために取った方法です。これは面白かった。

1997年にビール事業をスタート

1994年にビール製造が年間2000キロリットルから60キロリットルまで引き下げられたのをきっかけに地ビールブームが起きました。ご当地ビールが一時話題になりました。

この頃のこと、私も覚えています。

二軒茶屋餅角屋本店も1997年にビール事業をスタートさせ、ペールエール、ヴァイツェン(小麦)、スタウト(黒ビール)の3種類を造るようになりました。鈴木成宗氏は東北大学農学部卒業ですが、醸造学を専攻したわけではありません。

ビールづくりがうまくいかない

ビール会社から技術者を迎えるわけでなくビール醸造に経験がない人が造るので、最初からビール造りがうまくいったわけではありません。むしろ、うまくいかない方が当たり前だと思います。専門家から風味がおかしいと指摘されていました。

創業したてのときに業界団体のトップに角屋のビールを送り、試飲してもらった後にいただいたメールが今でも忘れられない。細かい言葉ははっきりと覚えていないが、「オフフレーバー」の指摘がはっきりと書いてあった。

オフフレーバーとは、極端に言えば「なにか変?」という感じのにおいのことだ(味を含むこともある)。

ダイアセチル(バターのようなにおい。酵母を取り除くタイミングが早すぎた場合に生じてしまう)、DMS(キャベツっぽいにおい。麦芽の加熱で発生する際に出てくるにおい)、殺菌剤のようなにおい、酸化。(中略)

まもないうちに、私は当時の醸造の正社員3名を前に「伊勢角屋麦酒は5年間で世界大会優勝を目指す」と宣言した。私はどうしても説得力ある裏付けが欲しかった。

自分でビールを造り始めてうまくいかない時、嫌でも、400年以上続く家業の餅屋さんのブランド力を意識したと思います。それと比較して、自分のビールはどこの観光地にでもあるビールでしかない。しかも、専門家によくないといわれた。

「世界大会で優勝を目指す」と宣言した気持ちがよくわかります。そう思う方は多いかもしれません。しかし、そのために取った手段が、普通とは全然違うのです。

世界一のビールをつくるためにコンテストの審査員になる

世界一のビールを造るために、なんと、コンテストの審査員になるのです。これは、ビールを造っている人にはなかなか考えつかない方法ではないかと思います。でも、正しいと思います。

当時、業界団体の日本地ビール協会はクラフトビール普及のために講習を定期的に開催しており、「JUDGE」という項目があった。これを受けて得られる資格を持つ者から、審査員の声がかかるとも記されており、私はさっそく申し込み、その年の内に、審査員資格を取得した。(中略)

この「世界一になるために審査員になる作戦」は間違っていなかった。審査員として多くのビールを多角的にみることで、自社の課題もみえてきたし、何よりも国際大会には世界中から著名な醸造家が集まるため、日本では知り得ないような最先端のクラフトビールの知見を文字通り肌で感じることができる。

つまらないたとえ話ですが、試験に受かるために受験生が出題者になってみるようなものです。出題者になれば、出題者の考えていることがわかるようになり試験対策は相当やりやすくなるでしょう。

ビールの話に戻せば、ビール造りにとって細かい技術、新しい技術についても知ることができると思います。こういう考え方は素晴らしいなと思います。何かで真似したい。

2003年に「世界一」になった

審査員になったことが奏功したのか、2000年に日本の大会で金賞。2003年にはオーストラリアン・インターナショナル・ビア・アワーズ(AIBA)で金賞を受賞しました。日本企業では初めてのことだったそうです。1997年にビール造りを始め、6年で世界一をとったのはとても早いと思います。

いや、素晴らしい。これで、ビールが売れるようになり事業が順調に軌道に乗ればめでたしめでたしなのですが、そうはならなかった。

1位はとったが売れるようにならない

よくある話ですが、「よいものはできた。でも、売れない」ことになったのです。それを打開したのは、観光客向けに委託製造したお土産ビールでした。

2004年に観光向け製品のブランドをつくった

コンテストで優勝するビールは、本格派ビールを好む人たち向けのものなので、伊勢神宮に参拝に来る観光客向けに、お土産ビールとして、味も取っつきやすく、価格も抑え、角屋のレシピでの委託製造した商品を作り売り出しました。

一つは、神都麦酒。明治時代に伊勢で売られた幻のビールを復刻したもの。もう一つは、熊野古道麦酒です。神都麦酒の後、2007年にブラウンエールを発売。熊野古道が世界遺産に登録され、観光客に大人気だったとか。伊勢内宮前の門前町、おはらい町にビールと牡蠣の店を開店し、この委託ビールの成功で、ようやく社長の給料が取れるようになったそうです。

売れるようになるための話は面白くとても興味があるのですが、わりとあっさり書かれていて、もっと知りたい気がします。

多様で豊かなビールを提案するために科学的視点を徹底する

日本のビールメーカーはピルスナータイプのラガービールを造っています。最近は、エールb-ルも出てきましたが、まだ少数です。

一方、クラフトビールメーカーは、大企業のビールメーカーとは違って、大メーカーがつくらない変わったビールを少量多品目造るのが特徴です。ただし、名人芸の感覚で品質や再現性を維持するのはとてもむずかしいので、科学的視点を徹底することが必要だと著者は考えています。

ビールは年中仕込んで短期間でできるので、何度も試すことができ短期間で品質向上が可能になると書かれていましたが、なるほどなあと思います。

島津製作所と共同でデータを取る

島津製作所と共同でデータを取り、それを製品開発に活用した話が書かれていました。

島津製作所と共同でビールの香気成分(鼻で感じる香りの成分)の網羅的解析データをまとめて、品質の改良に活かしている。(中略)

島津製作所のデータを基にして最近開発した「プラチナドラゴン」では、ビールに残存するアミノ酸量に注目した。ビール中のアミノ酸はビールのコクや深みになる一方で、多すぎるとビールが重くなり、キレが悪くなる。このアミノ酸の量を調整するために、ビールの仕込み過程でタンパク質の分解を抑えた。これで、従来よりキレの良いビールができた。

こういう話は面白くて好きです。

島津製作所の広報誌「ぶーめらん」には、また別のことも紹介されていました。

440年以上続く餅屋からクラフトビール世界一に 伊勢角屋麦酒の物語|VOL.42|島津製作所 広報誌 ぶーめらん|ぶーめらん お客様とのコミュニケション誌|ブーメラン
株式会社島津製作所が発行する広報誌「ぶーめらん」の記事ページです。"440年以上続く餅屋からクラフトビール世界一に 伊勢角屋麦酒の物語"についてご覧いただけます。

2018年、そんな姿勢が奏功する出来事があった。生産量を増やすため、新工場に引っ越したのだが、旧工場と同じ条件で仕込んでいるにもかかわらず、明らかに品質にばらつきが出てしまったのだ。

「当然といえば当然で、プラントの一部を変えただけでも味が変わるのに、水も、濾過器も、麦芽の粉砕機も全部が変わっていて同じ味が出るはずがない。しかも想定の数倍も開きがあって、さて困ったなと」

さまざまな分析を行う中で、島津製作所も依頼を受けて新・旧工場のビールの成分の網羅解析を行った。わかったのは、酵母が大きなストレスを受けているということだった。鈴木社長はその結果を受けて、旧工場と同じにしていたパラメータの一つをあえて大幅に変えてみた。するとこの作戦がうまく行き、新工場でも素早く同じ味を再現するに至ったのだ。

ビールの味の変化は、すぐにわかるものですが、自分の舌や鼻だけでなく、機械で分析しデータを残せば、体調や加齢などによる自分の体の変化を超えて味を再現できます。

オフフレーバー問題はこうして解決

ビールを造り始めた頃に指摘されたよくない「におい」問題は、このように解決されていました。ちなみに、ダイアセチルは醸造業界の人たちが使うことばで、一般にはジアセチルのことです。

ダイアセチルの発生の多くは、酵母が代謝の途中でつくる乳酸系の物質を一部体外に放出し、それが構造変化してできる。このダイアセチルが一定以上あると、俗にバタースコッチといわれる香りがビールについてしまう。これをなくすには、ダイアセチルレストという、栄養源が枯渇した酵母にこのダイアセチルをもう一度食べさせる工程を取るのが一般的だ。丁寧に繰り返すことで問題を解決していった。

DMSは、主に煮沸不足によっておこる。麦汁を造る際の煮沸の目的の一つはDMSの原因の物質を揮発させることだ。これが緩慢だと麦汁中に残った原因物質が後々ビールの中でDMSとなり、生臭さが残る。伊勢角屋麦酒神久工場では、煮沸中は煮沸釜に終始つきっきりで、吹きこぼれる寸前まで煮沸強度を上げ、煮沸釜も開けっ放しにする。それが、現場が試行錯誤する中で確立されたDMS対策だ。

DMSは、ジメチルスルフィドのことです。どんなにおいかなと思ったら、海のそばに行った時に感じる「潮臭さ」なのだそうです。

殺菌剤のようなにおいは、当時使っていたヨウ素系の殺菌剤が原因だろうと、殺菌剤を数多く変えて対応した。

酸化は、瓶詰め中に空気を巻き込むことが原因だ。これは、高価な瓶詰め機を買うのが最高の方法だが、当時の角屋にそんな余裕はなく、あれこれ考えた挙句、酵母自身が持つ強力な還元力に頼ることにした。酵母は、発酵には酸素を使わないが、酸素があれば酸素を使って呼吸もしてくれる。それを利用したのだ。

最後の酸化は、瓶詰めして栓をした後、生きた酵母が入ったままになっていると残った酸素を使って呼吸してくれるので、それで酸素を減らして酸化を防ぐという意味です。

この時点で技術的な問題はほぼなくなっていたと思いますが、その後、思いつきから始まって三重大学で博士号を取得することになります。

自然酵母で個性的なビールをつくろうと思いついて博士号を取得

2009年、伊勢の森のシイの樹液から取った菌叢で初めてビールを造ったんだそうです。菌叢と書いているのは、樹液には酵母以外の菌もいろいろ(多分とてもたくさんの種類)入ってるからです。

「伊勢の森からとった酵母でつくったビール」なんて飲んでみたいですね。私も伊勢神宮に一度行ったことがあるので、そういう気持ちになります。自然酵母のビールといわれても大して魅力を感じませんが、伊勢神宮の森の酵母でつくったといわれると魅力があります。

野生酵母を探してためす

野生酵母を探すには樹液を見つければよいそうです。こんなふうに探します。

カブトムシがいそうなところに酵母はいる。花や腐った果物、木の樹液などに酵母は存在するので、探すにはまずにおいだ。(中略)
森の中に入り、樹液のにおいを辿って、シイやクヌギに近づく。樹液が泡立ってぶつぶつという微音がしていればそれは発酵のサインだ。(中略)
スプーンに一杯分ほど樹液をとれれば十分だ。

とってきた樹液をどうするかも書かれています。

スプーンで採取した酵母を、持参したホップと合わせた麦汁に加えて「懸濁液」をつくる。これを、温度を一定に保つためインキュベーター装置に入れる。そこで発酵すればホップに対して耐性があり、麦芽糖にも対応できることになる。つまりビール造りに適しているかをそこである程度までは判断できる。そうして発酵の進行に伴いアルコール度数が上がっていくに従って、アルコール耐性が弱い酵母は死滅し、ビール造りに適した酵母だけが生き残る。

酵母を単離できないと再現性が得られない

樹液から天然酵母を採るアイディアはとても魅力がありますが、問題がありました。天然酵母といいながら、酵母の他いろいろな菌が混ざっている菌叢なので、同じビールを造ることができません。

そして、もう一つ。採取してきた菌叢がヒトに安全なものなのか確かめる必要がありました。たくさんの人に販売して飲んでもらうのですから当たり前です。

三重大学で安全な天然酵母を単離し博士号を取得

酵母愛の転機は11年に訪れる。地元三重県の三重大学に、地域イノベーション学研究科ができ、社会人大学院生を募っているという情報をたまたま知人を通して得たのだ。(中略)

酵母を単離させ、資化性を確認し、遺伝子シークエンスをかけて安全性を確認する―それが私の研究テーマだった。(中略)

資化性とは、微生物を私が扱う場合でいえば、栄養源として利用できるかを示す。例えば、この酵母はマルトース資化性がある、といえば、その酵母はビール造りに必須のマルトース(注:麦芽糖)を栄養源にできるということだ。

遺伝子シークエンスとは、遺伝子の配列を調べて安全な酵母の一群に属すると確認することです。

こうして博士号を取得し、三重大学でビール造りに使える安全な天然酵母を単離することができるようになったのです。

NOTE

本を読まなければ、お土産物の観光地ビールとしてまったく興味を持たなかったと思います。しかし、今は伊勢角屋麦酒を飲んでみたい。

鈴木成宗さんも、ひょっとすると最初は観光地ビールでもやろうと思った程度だったかもしれません。

しかし、においがおかしいと批評されてクラフトビール世界一を取り、伊勢の天然酵母を安定して使えるようになるために博士号を取ってしまうのですから、何というか気持ちと行動の振れ幅が大きくて(大きすぎてかもしれない)とても面白かったです。

私も伊勢神宮に一度行ったことがあります。もちろん、おみやげものを買いに横丁を冷やかしましたが、伊勢うどんを食べてから、どんどん焼いて食べさせてくれる干物やさんにつかまってしまい、なぜかイワシを買って帰ることになりました。伊勢角屋麦酒までたどり着けなかった・・・。まだ本を読んでいなかったし。

伊勢神宮参拝
伊勢神宮に行って来た。一度お伊勢参りに行ってみたいと思っていたのだが、なかなか行くきっかけがなかった。出雲大社は、20年近く前に出張したついでに寄ったことがある。しかし、日本で一番由緒正しき神社ってどんな感じなのだろうとずっと思っていた。私

ビール造りについて興味がある方には、世界に通用するビールのつくりかた大事典というとても面白い本があります。本は大判で写真も多くビール好きにはかなり楽しめる本です。

「世界に通用するビールのつくりかた大事典」はビール好きは必携かも
ビールの自作はできないけど、翻訳されたビールのつくり方の本を読むと、モルトにはいくつも種類があり、ビール酵母もたくさん種類があることが分かります。ビール好きならこの本はとても面白く読める本だと思います。 世界に通用するビールのつくりかた大事...

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