酵素の発酵は、ショ糖の浸透圧を利用して果物や野菜からエキス分を抽出し、乳酸菌や酵母により発酵・熟成させる発酵と、糖蔵の食品保存技術を組み合わせたもので、ゆっくり進みます。ぶくぶく沸くように発酵する期間は仕込んだあとの数日から2週間程度です。
発酵熟成させたものからは、塩分の高い醤油等で生育することが知られている酵母が発見されるようになります。
酵素はどのように発酵するんだろう
私は、酵素が好きで長く飲んでいましたが、酵素の発酵について、時々、疑問に思うことがありました。
酵素は果たしてぶくぶく発酵することがあるのだろうか?考えてみると、手作り酵素をつくるときは、材料の重量に対して1.1倍の砂糖を加えます。これはすごい量です。いままで、日本酒、ビール、焼酎、ウイスキーの発酵の話を書いてきましたが、発酵前にこれほど糖分が多い酒はなかったです。
そして、酒の場合、実際にアルコール発酵している期間は短かったですね。
前にも書いたことがありますが、ある社長さんと知り合いになり、市販されている酵素の10年前のものを1本いただいたことがあります。
「大丈夫だよ」といわれたので、飲んでみたら、実によい味がしました。うまく説明できませんが、ひと言でいえば、「体によいとわかる」味です。(くれぐれも真似しないで下さいね)
このようにビンの中でも確かに変化していくのですが、一体、酵素はどんな発酵・熟成過程をたどるのだろう?知りたいと思っていました。しかし、そんな本は探してもありません。
乳酸菌・酵母により発酵熟成させた「植物発酵エキス」の有効性に関する研究を読ませていただきました。植物酵素ファンにとって、とても素晴らしい論文だと思います。
実験に使われた酵素の概要
この論文では、発酵・熟成過程での微生物の経時的変化や栄養成分の分析、さらに抗酸化作用、血圧上昇抑制作用、抗菌作用、抗アレルギー作用、抗炎症作用についても試験管での実験ながら、調べられていました。
しかし、私の興味があるのは、発酵の過程です。
手作り酵素をつくっている方も、自分の作っている酵素は、どんな風に変化していくのだろうと興味があるのではないかと思います。
この実験で使われた酵素の原材料は、このように書かれていました。
植物発酵エキスには、糖類を含む75 種類の多種多様な植物性原料を使用した。
具体的には、糖類(黒砂糖、オリゴ糖)、果物類(プルーン、梅、柚子、苺、林檎、伊予柑、葡萄、無花果、柿、キウイ、蜜柑、檸檬、金柑、アケビ、山葡萄、山桃、冬苺、ブルーベリー、ブラックベリー、木苺、花梨、桃、梨、グミ)、野菜類・野草類(南瓜、人参、蓬、キャベツ、ケール、ホウレン草、大根、茄子、紫蘇、トマト、ピーマン、胡瓜、苦瓜、小松菜、ウコン、アカメガシワ、オオバコ、大麦若葉、熊笹、牛蒡、スギナ、ビワ葉、ブロッコリー、モロヘイヤ、日本山人参、パセリ、セリ、セロリ、蓮根、ミツバ、ミョウガ、アスパラガス、生姜、チンゲン菜、ビタミン菜)、キノコ類(椎茸、レイシ、キクラゲ、舞茸)、海藻類(昆布、若布、ヒバマタ、根昆布、ヒジキ)、豆類・穀類(大豆、ココア、スイートコーン、米糠、玄米)を使用した。
これらを発酵させるときに、スターターとして加えた乳酸菌は15種類ありました。
乳酸菌は15 種類の乳酸菌(Lactobacillus acidophilus,L. acetotolerans, L. amylovorus, L. brevis, L. buchneri,L. casei, L. fermentum, L.efiranofaciens, L. plantarum,Lactococcus lactis, Leuconostoc mesenteroides,Pediococcus acidilactici, P. damnosus, P.pentosaceus, P.urinaeequi)を発酵スターターとして添加した。
一つ一つ調べ始めましたが、乳酸菌について調べる時は、属と種だけではだめで、菌株まで分からないと性質まで分からないようです。L. acetotoleransの「L.」は、Lactobacillusのこと。同様に、P. damnosusの「P.」は、Pediococcusのことです。
さらに、材料の仕込み方法は、このようにするようです。手作り酵素と違うのは、豆類・穀類、海藻類、キノコ類が入っていることです。
果物類・野菜類については、新鮮な旬の原料を洗浄後個別の樽に入れ黒砂糖漬けにし、細胞を破壊することなく浸透圧抽出により得られたエキスを、熱水抽出した野草類や、キノコ類、海草類、豆類、穀類の粉末とともにペースト状に仕上げられ、スターター乳酸菌や原料由来の天然酵母で発酵・熟成させることにより調製した。
これを見ると、最初に水分がある材料を黒砂糖漬けにして、黒砂糖に果汁や野菜汁を吸わせて、それに、熱水で野草のエキスを出したものと、キノコ、海草、豆、穀類の粉末を混ぜ、黒砂糖ベースのペースト状になったものに、15種類の乳酸菌を加えて発酵させるようです。
この辺が手作り酵素と違います。熱水で野草のエキスを出すのは、時間短縮のためでしょうか?
発酵期間は明記されていませんでしたが、初期発酵で200日とあり、本文中のグラフに3年発酵のグラフがありました。最低3年は発酵させるようです。
酵素の発酵はゆっくり進む
私が一番知りたいのは、酵素は短い期間にある程度発酵させて、保存性を高めるために砂糖をさらに加えるのか、それとも仕込んだものをゆっくり発酵させていくのかということです。
その目安になるのは、菌数の変化です。
乳酸菌及び酵母の各菌数は3日目に最大になり、それぞれ5.8 log(CFU/g)、7.4 log(CFU/g)で、16 日目まで穏やかに減少した。
30 日目には、3.3log(CFU/g)、3.9 log(CFU/g)となり、その後も乳酸菌と酵母の菌数はほぼ同じように推移し、小さな増減を2 ~ 4 log(CFU/g)で繰り返すことが明らかとなった。
CFUとは、Colony Forming Unit(コロニー形成単位)といい、細菌検査で用いられる単位です。 細菌を培地で培養し、できたコロニー(集団)数のことです。
logがついているのは、対数を使っています。高校で習いましたね。106の対数は6です。対数の関係は以下の通りです。
5.8log(CFU/g)とは、1gあたり105.8個のコロニーがあるということです。本文中にあるグラフは載せられませんが、仕込んで200日後でも乳酸菌も酵母も4log(CFU/g)程度あります。104個です。
以前、ヨーグルトの中の乳酸菌の共生関係が面白いという記事を書きました。
https://hakkou.kuni-naka.com/100
日本での発酵乳の規格では、生きた乳酸菌または酵母を1ml中1000万個以上含むものと定められています。
1000万個は、107個です。酵素の菌数が落ち着いた状態、104個と比較すると酵素の菌数は、発酵乳の菌数の1/1000になります。発酵が順調に進むには、107個程度の菌数が必要なのかもしれません。
本文の前の方に、著者らが定義する酵素について書かれていました。
植物発酵エキスは、ショ糖の浸透圧を利用して果物や野菜からエキス分を抽出し、乳酸菌や酵母により発酵・熟成させる発酵と糖蔵の食品保存技術を組み合わせた植物性の発酵食品である。
どうやら酵素は、たくさんの糖で保存性を高めながらゆっくり発酵が進んでいくようです。エキスとはextract(抽出物)のことです。
もう一つ疑問だったのは、原材料に果実が多いことから考えて、酵素はなぜ酒にならないのだろうということでした。
乳酸菌と酵母の組み合わせは、アルコール産生に適した条件です。実際に、酵素を飲むと酸味を感じること、エステル臭があることからアルコール発酵はしていると思います。
しかし、アルコールがたくさんできないのは、まず、酸素が入る環境に置かれるので、酵母はアルコールをあまり作らないでしょう。
また糖分が多すぎるため、発酵がなかなか進まないからかもしれません。そして、できたアルコールも、酸化して酢酸になったり酢酸とエステルを作ったりしていくでしょう。
発酵中の菌の変化
発酵中、スターターの菌がそのままずっと居続けることがないのは、酒の発酵を調べていて学習済みです。
発酵初期の植物発酵エキスから分離された菌は、Leuconostoc mesenteroides、Lactobacillus brevis、Lactobacillus fermentum と同定されました。これらはスターターの菌です。最初の確認のために分離したのだと思います。
また、発酵・熟成を経た植物発酵エキスからは、Streptococcus 属の乳酸菌も検出されたそうです。これは途中から入ってきたのでしょう。
酵母は、スターターとしては加えていませんが、Saccharomyces cerevisiaeとCandida apicolaが検出されました。
Saccharomyces cerevisiaeは、調べてみると出芽酵母といわれ、パンを作る時に用いるパン酵母もSaccharomyces cerevisiaeです。
ごくごく当たり前の酵母のようです。この酵素では、アルコール発酵に関与していることが推定されました。
Candida apicolaは、フルーティーな香り(エステル臭)がしたことから芳香成分の産生に関わっていることが推定されました。
また、Hanseniaspora osmophila という糖度の高い糖蜜やワイン等で生育することが知られている酵母も検出されました。
さらに、発酵・熟成を経たものからは、塩分の高い醤油等で生育することが知られているZygosaccharomyces属の酵母が検出されたそうです。
少し調べてみると、耐塩性酵母Zygosaccharomyces rouxii の生理特性(1)という論文が出て来ました。酵素の中で見つかったZygosaccharomyces属の酵母がrouxii種なのか分かりませんが、こんなことが書かれていました。
Zygosaccharomyces rouxii(以下,本菌と称する)は,味噌・醤油などの醸造において重要な役割を果たす耐塩性酵母である。
また,蜂蜜・ジャムなどに汚染菌として存在する耐糖性酵母および含塩食品の表面に発生する”白カビ”と通称されている酵母も上記と同一の菌種に分類されている。
なるほど。濃い塩分も糖分も浸透圧が高く水分を引っ張られます。その環境で生きられる酵母です。
ひょっとして塩でも砂糖でも関係ないのかもしれませんね。雑菌が増殖できない環境です。
植物酵素のもとは味噌や醤油かな
植物酵素は、長い時間をかけて原材料を分解し、糖蔵の性質によって長く保存できます。この性質は、考えてみると、味噌や醤油と似ています。それぞれ使える状態に発酵するまで時間がかかりますが、使える状態になると、その状態が長い間維持できます。
植物酵素は、果実を原材料に多く使うので、果実酒造りから派生したのかと思っていましたが、これは、味噌や醤油造りがベースにあると考えた方がよさそうですね。
まとめ
先日、知人の冷蔵庫の奥に数年眠っていた自家製味噌をもらって来ました。3年以上経っていたそうです。真っ黒でした。八丁みそみたいです。
しかし、残念ながら味が落ちていました。アミノ酸が多くうま味はあるのですが、なんというか古くなってしまった風味が加わっているのです。味噌は3年で味のピークと聞いたことがありますが、その通りなのかもしれません。
冒頭、古い酵素の話を書きましたが、開封せずに10年経ったものは平気でした。酵素のピークはどのくらいなのかなと興味があります。
植物酵素について詳しくお知りになりたい方は、まず、酵素について知りたいならまず最初にこのページから読んでほしいをお読みください。