酵素とは何か?酵素農法の歴史から考えてみる

この記事では、果物や野菜などの植物原料を発酵させてつくる発酵食品が、なぜ酵素と呼ばれるようになったのか調べます。酵素サプリと酵素ドリンクなど酵素食品のことです。酵素食品は、化学的な酵素ではありません。

しかし、それがなぜ酵素といわれるようになったか?その理由の一つは酵素農法に関係があります。

この記事はいつもより長いです。

もし、あなたが、酵素を飲めばやせられるとか、酵素を飲めば体がつくる酵素を節約するとかそんな話を聞いたときに、「?」と疑問に思う方なら、是非、読んでほしい記事です。

化学や生物で習う酵素については、酵素を高校化学の参考書から学ぶに書きました。

酵素を高校性が使う化学の参考書を参照しながら説明します。ほとんどの方が一度は習った内容だと思います。そして酵素サプリや酵素ドリンクの酵素との違いを考えてみましょう。
スポンサーリンク
レクタングル大

酵素って発酵食品のことをいうのか?

私は長く酵素を飲んでいましたが、初めて酵素をすすめられて飲んだ時、「なんでこれを酵素というのですか?」と聞きました。初めてだから興味津々でした。

私は文系ですが、高校で生物と化学を選択していたので、消化酵素やお酒を造る時の酵素について少しだけ知識がありました。それに加えて、当時、毎日のように洗濯洗剤のTVCMで、酵素パワーで汚れが落ちる画面を見せられていた影響が大きかったかもしれません。

ただ、すすめてくれた人は、私が覚えてないくらいつまらない説明をしてくれたのだろうと思います。

今どきと同じ、酵素不足を補わなければいけないとか、きっとそんな説明です。なぜ、果物や野菜を発酵させた発酵食品を酵素と呼ぶのかそれからずっと疑問に思っていました。

1990年代初め、スーパーに行くと味噌に「酵素が生きてる」なんてシールが貼ってありました。「酵素って生きものじゃないだろ、けっ!」と独り言をいいながら、カゴに入れたものです。

書きながら思い出しましたが、1990年代の初めはEM菌ブームがあり、その頃は有機農業を始め、農業に対して世間の関心が高かったのです。今では考えられないですが、ユニクロが渋谷マークシティで永田農法で栽培されたリンゴを無料で配ったりしたこともあったのですよ。

酵素は植物原料を砂糖と一緒に発酵させたもの

酵素は果物や野菜を中心に穀類野草などたくさんの材料を砂糖と一緒に漬け、スターターである菌を加えて発酵させたものです。

発酵しているときは、菌が増えて確かに菌は酵素を出します。その酵素によって原料が分解されて行きます。その時に化学的な酵素だけを集めて取り出せば、酵素といってよいと思いますが、酵素サプリや酵素ドリンクは、発酵させたもの全体のこと、つまり、発酵物のことをいいます。

酵素とは簡単にいうと

酵素の製造方法については、以前、こんな記事を書きました。

私は、酵素が好きで長く飲んでいましたが、酵素の発酵について、時々、疑問に思うことがありました。 酵素は果たしてぶくぶく発酵することがあ...

酵素とは簡単にいうと、発酵菌と、発酵菌によってある程度分解された(発酵した)植物原料と、糖分と、化学的な酵素とからなる混合物のことです。

さて、なぜこのようなものが酵素と呼ばれたのか、まずは化学的な酵素が明治時代に量産できるようになったことから話を始めましょう。

酵素工業は明治時代に始まった

高峰譲吉氏が1894年(明治27年)にタカジアスターゼを発明し、酵素工業が始まりました。小麦ふすまに麹を植え付けてアミラーゼをつくらせ、それを集めて乾燥させ、消化酵素として販売されるようになりました。

アミラーゼは、デンプンを糖に分解する酵素で唾液にも含まれています。

酵素工業というのは、酵素を安価に大量に製造することだと思ってください。小麦ふすまという不要物に日本酒の醸造に使う麹を接種し、アミラーゼを大量につくらせることができるようになったのです。

すでに、明治時代にこのような技術があったことを覚えておいてください。

酵素は農業に関係がある

酵素食品の始まりは、農業と関係があります。何で農業?なんて思うでしょう。しかし、老舗の酵素メーカーは、みな農業関係の商品をもっています。

第二次大戦中から戦後に、酵素農法というのがあった(失礼、今もあります)のです。それと関係があります。

かなり長いですが、この先も読んでください。ものには歴史があり、歴史を順番に読んでいけば理解できることが多いです。

戦争によって堆肥の需要が高まる

タカジアスターゼ発明から約40年後、1937年(昭和12年)から支那事変が始まり、さらに1941年(昭和16年)には日米開戦となります。そして、1945(昭和20)年に日本の敗戦で終わります。

昭和の初めは、きっと戦争が始まりそうな空気で始まり、また実際に戦争が始まると、戦後復興するまで食料不足に悩まされる時代でした。

当時、食料生産に国内で生産した肥料が追いつかず、輸入に頼っていたことが書かれています。BSI生物科学研究所のサイトに、本邦の窒素化学肥料歴史(戦前編)という記事がありました。

肥料が追いつかないところに加えて戦争が始まると、輸入肥料はストップしてしまいます。

そのため、この時代、自分でつくる堆肥の発酵を促進する補助材のようなものが求められていました。堆肥を少しでも早くつくるためです。堆肥は食物残渣(たべかす)や糞尿など有機物を発酵させてつくりますが、十分に発酵させないと使うことができません。

自給肥料を速成するための発酵技術

当時のことを調べると、河村九淵(ちかすえ)という方が書いた「日本農業革新論」という本が見つかりました。この本は1933年(昭和8年)に発行されたものです。

河村九淵氏は、北海道大学の前身、札幌農学校の4期生。のちの東京農大で教鞭をとり、(出典)また、熊本農業学校の初代校長になった方です。(出典

以前、書いた記事です。札幌農学校について少しふれました。

日本のビール 面白ヒストリー:ぷはっとうまいを読みました。日本のビールの歴史が書かれています。 最初は、横浜の外人居留地で、明...

札幌農学校も開拓使が設置した学校で、従来の水田で米を作る農業ではなく、欧米の近代農業を導入するために開校されました。河村氏は、農業について当時最先端の知識を持っていた方だと思います。

北海道大学に行くと、札幌農学校時代の建物が残されています。北大は札幌駅裏にとても広い敷地を持っているので可能なのでしょう。中にも入れます。この建物は大きさが分からないと思いますが、実際に行くと、すごく大きくてびっくりしましたよ。

札幌農学校

河村九淵の発酵素

河村氏は、本の中で金肥(お金を出して買う特に輸入肥料)よりも自給肥料を使うべきだと書いていて、彼の発明した発酵素の使用方法と効果の説明が書かれていました。発酵素がどのようにつくられるのか、取得された特許も実際に調べてみました。

特許第44118号の「有機質肥料製造用母料製造法」というタイトルの発明が出て来ました。1921年(大正10年)6月19日に出願され、1922年(大正11年)12月11日に特許になっていました。

特許請求の範囲は、「澱粉を主成分とする穀物の種子を発芽せしめ乾燥粉末となしたるものと糠(ぬか)類とを混和し其れを微量の酸を含有する水を以て湿し発酵せしむる有機質肥料製造用母料の製造法」となっています。

その目的は、「植物性物質を使用し肥料を製造するに際し本発明母料の添加によりて其熟化を速かならしむるにあり」とか。

ちょっと解説してみましょう。穀物の種子を発芽させると、胚乳を消化・分解して芽が伸びていく栄養とするために酵素が出て来ます。そこに糠を足します。

糠については、河村氏は「日本農業革新論」のなかで次のように述べられています。

糠を以て醗酵素と称するもの 此説は、数年前より或る方面に於て唱道せらるる処で、農業技術者の間に廣く行はれつつある。借問す『糠即ち米の皮部は、如何なる発酵菌、菌培養基、及酵素を含有するや』穀類その物は、その表皮に附着せる或る種の野生菌を少量に有するのみ、その皮を剥離したる糠も亦発酵菌に於て貧弱なるは勿論で、唯空氣中に浮遊する菌が混入するに幾分便なるのみ。著者も亦その価格の廉なると多量に得易いのとで、糠類を醗酵素製造用原料の一となすも・・・(後略)

糠には発酵菌はあまりいないのですが、空気中に浮遊する菌が混入するには少し役に立つ。糠は(不要物なので)価格が安く、容易にたくさん得られるから、原料の一つにするには都合がよいということです。

糠は、もともとくっついている野生種の菌と、空中に浮遊する菌が増える培養基として使われます。培養基とは菌のえさになるものです。糠の中で菌が増えると酵素を出し始めますから、発芽した穀類の種子が出す酵素と合わせて、肥料を早く発酵させるための酵素がたくさん入ったものができるという発明です。

発酵素の改良版

さらに、この発酵素の改良版も出願されていました。

特許第81022号『「アゾトバクテリヤ」ヲ混有スル醗酵有機質肥料製造法』というのがそれです。1927年(昭和2年)10月12日に出願され、1929年(昭和4年)3月22日に特許になっていました。

特許請求の範囲は、「澱粉を主成分とする穀物の種子を発芽せしめ乾燥粉末となしたるものと糠類とをを混和し之を微量の酸を含有する水を以て潤し醗酵せしめたるものを有機質肥料に混して其醗酵を促し適当の時機に於て之に『アゾトバクテリヤ』を加ふることより成る『アゾトバクテリヤ』を混有する醗酵有機質肥料製造法」となっています。

アゾトバクテリヤとは、アゾトバクターのことです。アゾトバクターは空気中の窒素を固定し、植物に窒素を供給してくれる窒素固定菌のことです。前の発明は、空気中に浮遊する発酵菌を呼び込む方法でしたが、この発明では、アゾトバクターを接種して培養(増やす)することを考えています。

さらに、この改良版発酵素に32種の菌を利用していたと、「日本農業革新論」には書かれていました。

明治時代に酵素工業が始まり、第二次大戦が始まる頃には、堆肥の発酵を促進するような補助材も発明されていたのだなということが分かります。

ところが、戦争が始まると極端な物資不足になります。それまでの世の中の仕組みが機能しなくなります。

酵素農法の始まりと柴田欣志

今回、ようやく酵素サプリや酵素ドリンク、いわゆる酵素食品のルーツについて知ることができました。

そのきっかけは、酵素で土をつくる島本微生物農法 (民間農法シリーズ)(島本邦彦著 農文協 1987)という本です。以下、島本氏の文章からかいつまんで紹介します。

1945(昭和20)年以降、第二次大戦後の飢餓状態から抜け出すために食糧増産が叫ばれていましたが、物資は極度に不足し、専業農家にも肥料はなく、自給肥料、つまり自分で肥料をつくらなくてはいけない状態でした。

このとき脚光を浴びたのが、酵素農法というものでした。

愛知県岡崎市の醸造家の出身であった柴田欣志は、山野の森林地帯に自然堆積した腐葉土や腐植の中に生息する微生物とその分泌する酵素に着目し、これを活用した堆肥や自給肥料の生産による独特の技術を創案した。この技術は酵素農法と呼ばれ、一部の農家にとり入れられていった。

島本氏の本では柴田欣司と書かれていましたが、ネットで記事を探すと欣志が正しいようだったので引用部分の(司→志)を訂正しました。

この引用部分だけを読むと何か意味ありげに思えますが、これまで長々書いてきた通り、酵素工業は明治時代に始まり、第二次大戦前には、自給肥料を早くつくるための本も補助材もすでにありました。

しかし、戦後の物資不足の中ではそれぞれが自分でなんとかするしかありません。そのために時間が前に戻ってしまったかのような印象を受けます。自分の身の回りにある材料でなんとか手作りするしかない状態がしばらく続きました。

そのような時に、何か便利で役に立ちそうな方法があれば試してみたくなるのが人情です。

ただ、柴田欣志氏はネットで検索していくと、出てくる記事は評判がよくありません・・・。

酵素サプリや酵素ドリンクの「酵素」とはこれか?

もう消されてしまったらしいサイトには、柴田氏の酵素農法についてこのように説明されていました。

柴田欣志氏は土の中の最も有用な酵素は植物の根で吸いだされ、果実や野菜の中に含まれると考えた。

そこで果実や野菜等の中に存在する酵素を肥料に活用するために、まず、砂糖を用いて浸透圧差を利用して抽出し、抽出した酵素を「元種」と称した。そして、この「元種」をにんじん、バナナ、イチジクなどを入れた杉の樽に入れて培養したものを「中種」と称し、この「中種」を米ぬかと珪藻土と下肥に加えてつくった肥料を「酵素肥料」と呼んで、畑に施した。

こうして土の中の有用な酵素を増やすことで、酵素の働きによって土を豊かにし、土地の生産能力を上げようと考えたのであった。

この農法はかなり広く支持されていたようで、講習会には全国から人が集まり、柴田氏の酵素農法は、農林省(現農水省)で試験栽培されるようにまでなっていました。(結果は残念ながら効果なしと判定されたそうです)

作り方と材料を見ると、現在の手作り酵素と変わらないように思えます。食べ物だけで中種まで作りますから、これは飲めます。きっと飲んだでしょう。砂糖もバナナも、物資がない当時はかなりの贅沢品です。

つまり、酵素農法が始まったときから、堆肥を発酵させる種(たね)となるものはすでに人が飲めるものだったことがわかりました。

また、種は、酵素と呼ばれていました。

化学的な酵素でなく、このような発酵物を酵素と呼ぶのは、柴田欣志氏が始めたようです。最初からだったのです。酵素ということばは、酵素工業が始まってから40年、その当時でも、新しいことばではなかったと思いますが、知らない人にとって何か特別な力があるのではないかと思わせる魅力があったと思います。

それにしても、河村九淵氏の発酵素と比べると、柴田酵素は原材料がずいぶん贅沢です。果物や野菜などから砂糖を使って抽出するという着想はどこから得たのでしょう?それは今のところ分かりません。分かれば、書き足して更新します。

河村九淵氏の発酵素は、コストを抑えるためにどこでも安価に得られる糠(ぬか)を培養基として使っていました。

酵素はここから改良の歴史が始まった

あまり評判がよくなかった(?)柴田氏ですが、酵素農法は人々の関心を集め、彼の元で学んだ人たちがよりよいものをつくるべく、改良を重ねていったようです。

この酵素農法は、京都府亀岡市にある宗教法人大本の農園にもとり入れられ、研究・実験が行われていました。そこで酵素農法を知ったのが、のちに島本微生物農法をつくり、バイエム酵素をつくった島本覚也氏でした。

島本覚也氏はもともと麹(こうじ)屋に生まれたので、醸造や発酵の知識があった方でした。島本氏は、当時の微生物学、酵素学を学び、特に板野新夫氏の土壌微生物学に大きく影響されたとあります。そして、農園をおこし、発酵微生物とそれらが分泌する酵素に重点をおいた独自の自給肥料を研究開発するようになります。

大原農業研究所と板野新夫

板野新夫氏は、当時、岡山県倉敷市にあった大原農業研究所の土壌微生物学者でした。大原農業研究所は、大原美術館で知られる大原孫三郎氏が設立した研究所です。現在は岡山大学資源植物科学研究所となっています。

岡山大学 資源植物科学研究所(植物研/IPSR)のホームページです。植物研では、植物ストレス科学・植物遺伝資源に関する利用・研究を進め、生物生産の持続的発展と地球環境の保護・保全を目指します。

大原孫三郎氏については、城山三郎のわしの眼は十年先が見える―大原孫三郎の生涯 (新潮文庫)が詳しいです。

大原農業研究所が定期的に出していた農学研究という雑誌は国会図書館に蔵書があったので、読んだことがあります。もちろん、土壌微生物学者として板野新夫氏がたびたび登場します。

板野新夫氏が1961年に行った講演要旨がでてきました。板野薪夫氏講演要旨を読むと、板野氏はアメリカに留学して、ミシガン大学で土壌微生物学を学んだそうです。

土壌微生物学を学び始めたのは、1909年(明治42年)のことで、1924年(大正13年)に帰国し、大原農業研究所に勤め始めました。そして1931年(昭和6年)に土壌微生物学に関する日本農学叢書 第5を出版します。さらに、1948年(昭和23年)に土壌微生物学という本を出版しました。

岡山大学学術成果リポジトリでは、板野新夫氏の論文にアクセスすることができます。根粒菌とお茶の研究が多いですが、中には、耐熱性繊維素醗酵菌について、自給肥料と塵芥の肥料化といった論文もありました。

きっと島本覚也氏は、このような論文を読んで勉強されたのだと思います。

島本覚也氏の酵素農法

島本覚也氏は、柴田酵素農法について次のように感じていたようです。酵素で土をつくる島本微生物農法 (民間農法シリーズ)に書かれていました。

酵素農法の創成期には、原種(もとだね)は主として穀類や果実、酵素含有の高い有用植物液等が培地となった生(なま)培養原種であった。この生原種を、二番種・三番種・中種と称する拡大培養をくり返して増量し、これを堆肥の製造や各種有機質発酵肥料の発酵原菌として使用する、たいへん煩雑な工程を経なくてはならず、また生培養の原種の長期保存にも苦労するという問題点もあった。

具体的な原材料名は書かれていませんが、砂糖を使って果実などから液体を抽出し、それを培地として拡大培養しながら量を増やすという、先ほどネット記事から引用した柴田氏の方法についての記事は間違っていないようです。

そして、柴田酵素の問題を解決するために、島本覚也氏は、バイムフードを開発しました。太字は私が注意を引くために入れました。柴田酵素は保存性があまりよくなかったということがポイントです。

砂糖を使って果実や野菜からエキスを抽出すると、水分管理をうまくやらないとカビが生えたり腐ってしまいそうです。

以前、手作り酵素の記事を書きましたが、手作り酵素が、原材料に対し1.1倍の砂糖を加えるのはその対策だと思います。

図解植物酵素の手作り帖を読んでいます。この本はかなり親切な本です。 健康食品の酵素はずいぶん昔からあるのですが、ここ数年、毎日...

バイムフードは、力価の高い加水分解酵素を生産する機能をもった細菌(主としてバチルス属、ラクトバチルス属)、酵母菌(主としてサッカロミセス属、トルラ属)、糸状菌(アスペルギルス属、リゾプス属)の三種類から成り立っている。これらは古代から酒、味噌、醤油、納豆、漬物などの醸造に使われてきた醸造菌株と同じ仲間のすぐれた発酵微生物で、毒性をもたず安全なものである。これに加えて、食用となる有用植物の生長点細胞や野生果実、一般果実の中でも特に植物性酵素を豊富に含むものを選んで、これのエキスを抽出し、先の微生物とともに総合培養したのがバイムフードである。培養基としては、穀類、糖類、ミネラルなどに前者の果実・有用植物エキスをともに吸着してたものを使用し、長期保存に耐えるべく乾燥粉末化してある。

糸状菌は、麹とクモノスカビのことを指しています。生長点細胞は、芽や根の先端だと思います。

培養基は、後述したように米ヌカ、ふすま(小麦を粉にする時にできる皮のくず)をつかっていました。板野新夫氏による土壌微生物の知識を使いながら、果実を主に使う柴田氏の方法と安くて手に入りやすい材料を使う河村九淵氏の方法のよいところ取りをしているように感じました。

さらに、中に含まれる酵素についてこのように書かれています。

バイムフード中の主な酵素は、アミラーゼ(糖化酵素)、プロテアーゼ(タンパク分解酵素)、リパーゼ(脂肪分解酵素)である。それ以外の酵素としては、セルラーゼ(繊維分解酵素)、オキシターゼ、カタラーゼ(酸化還元酵素)、チマーゼ(酒精酵素)、ラクターゼ(乳糖分解酵素)、インベルターゼ、サッカラーゼ(ショ糖分解酵素)、マルターゼ(麦芽糖分解酵素)などで、ウレアーゼ(尿素分解酵素)の活性反応もある。そのほか数十種類にのぼる酵素群が含有されている。

なるほど。発酵させた物を途中で乾燥させたから酵素は残るのですね。そして、これら酵素はみんな分解するための酵素です。なぜかというと、植物は動物と違って有機物である炭水化物、脂質、タンパク質を利用できないのです。よく発酵させた堆肥をさらに土壌微生物に分解してもらいます。

植物は生産者なので光合成を行いますが、その時に根から吸い上げるのは、水と硝酸態窒素やミネラルなど無機物です。できるだけ細かく分解されてないと利用できないのです。

そのため、分解する酵素が重要でした。これは、島本覚也氏が学んで整理した知見だったと思います。

また、健康食品としてのバイエム酵素についてはこのように書かれています。

バイエム酵素は、野生の有用果実、一般果実、野菜その他の有用植物から抽出したエキスを、穀類・糖質に吸着し、培養増殖したものである。酵素の内容はバイムフードと似ているが、バイムフードは米ヌカ、フスマを培養基に使い、バイエム酵素はコーンスターチ(トウモロコシデンプン)を使っているというちがいがある。

本には、バイエム酵素の酵素力価も測定値が書かれていました。アミラーゼが強く、またタンパク質を分解するプロテアーゼは、酸性、中性、アルカリ性の条件でも働くようです。

さらに、バイエム酵素の製造についても書かれていました。

まず野生果実に天然に付着繁殖する野生酵母菌群を採集する。これを、野生果実、一般果実のエキスに、醸造用の発酵微生物である三種類菌類とともに培養する。そこで生産される強力な加水分解酵素や有効な発酵生成物を、植物性酵素を豊富に含む果実や野菜とともに培養熟成したものがバイエム酵素である。

三種類菌類とは、細菌、酵母菌、糸状菌のことです。野生果実というとすぐに頭に浮かぶのはヤマブドウです。ヤマブドウでジュースをつくると、発酵してしまうので栓をきっちり締められません。

酵素の効果は消化を助け栄養を補給すること

第二次大戦後に酵素農業が始まり、そこで使われていた「たね」となる酵素は、まるで現在の手作り酵素のようなものでした。おそらく最初から飲まれていたのだと思います。

しかし、酵素はもともと堆肥の発酵を促進させるために使われていました。

その用途が分かって酵素を飲む目的は、まず、消化酵素としてだと思います。堆肥を早く発酵させることができるなら、自分が食べたものもお腹の中で消化不良にならずよく消化してくれるだろうと期待されます。

そして、もう一つの意味は、消化吸収されやすい栄養を補給することです。もともと砂糖を使って野菜や果物のエキスを抽出してあり、それが発酵(分解)によって消化吸収されやすくなっています。特に糖分が多いので、すぐにエネルギーになります。物資のない時代、酵素を飲んだ人はさぞかし元気が出たことでしょう。

酵素のもともとの目的から考えれば、飲むことによって期待できる効果は、消化酵素消化吸収されやすい栄養を補給することです。

これが原則です。

酵素食品には菌が死なずに酵素も失活していないものもある

私は、酵素食品は発酵菌がほとんどいないか滅菌されているので酵素もなくなり、消化吸収されやすい栄養補給のためのものであるとずっと思っていました。

しかし、今回、酵素で土をつくる島本微生物農法 (民間農法シリーズ)を読み、バイエム酵素のように、菌が死なずに酵素も失活していない酵素食品があるのを初めて知りました。この本は1987年に出版されたもので、現在この本は、島本微生物農法―酵素の力で有機物を活かす (民間農法シリーズ)と新版に置きかわっています。

新版を読んでいないので、同じ内容なのかどうかは分かりません。

バイエム酵素は、1度だけ買ったことがあります。コーンスターチを使っていて口に入れるとパサパサして飲みにくかったので、その後は別の酵素を買っていましたが、改めて買って試してみようと思いました。

酵素や発酵菌にこだわる方は、乾燥させた粉末タイプを探して試すとよいのではないかと思います。

ただ、粉末酵素は飲みにくいのは確かです。一方、酵素ドリンクは確かに飲みやすい。しかし、酵素ドリンクは液体なので食品衛生法の清涼飲料水に分類され、加熱殺菌されることになります。

酵素ドリンク(飲料)は清涼飲料水

清涼飲料水とは、ウイキペディアではこのように説明されていました。

乳酸菌飲料、乳及び乳製品を除く酒精分1容量パーセント未満を含有する飲料をいうものであること。

従って、酸味を有しない飲料水、主として児童を対象として製造されコルク等で簡単に栓を施した飲料水(例えばニッケ水、ハッカ水等)、トマトジュース、摂取時に希釈、融解等により飲み物として摂取することを目的としたもの(例えば、濃厚ジュース、凍結ジュース等)(ただし、粉末ジュースを除く。)もすべて含まれるものであること。

ほとんどの飲み物が清涼飲料水と分類されます。もちろん、酵素ドリンクも清涼飲料水です。

酵素ドリンク(飲料)は殺菌される

厚労省の清涼飲料水等の規格基準によれば、殺菌についてこのような決まりがあります。この文書は1959年(昭和34年)に告示されたものです。

 pH4.0 未満のものの殺菌にあっては、その中心部の温度を 65℃で 10
分間加熱する方法又はこれと同等以上の効力を有する方法で行うこと。

pH4.0 以上のもの(pH4.6 以上で、かつ、水分活性が 0.94 を超えるも
のを除く。)の殺菌にあっては、その中心部の温度を 85°で 30 分間加
熱する方法又はこれと同等以上の効力を有する方法で行うこと。

pH4.6 以上で、かつ、水分活性が 0.94 を超えるものの殺菌にあっては、
原材料等に由来して当該食品中に存在し、かつ、発育し得る微生物を死
滅させるのに十分な効力を有する方法又はbに定める方法で行うこと。

酵素ドリンクは発酵させているので、pH7未満の弱酸性であるのは確かなのですが、pHがどれほど低くても、最低限、中心部の温度を65℃で10分間加熱することは行わなければなりません。

水分活性は、水分活性についてというとても分かりやすい文書がありました。そちらをご覧下さい。塩漬け、砂糖漬けにされている食品が腐りにくく保存性がよくなる理由が分かります。

殺菌されると、発酵菌はほぼいなくなってしまいます。酵素も人の体で働く消化酵素は、体温ぐらいがちょうどよい温度なので、壊れてしまいます。

では、酵素ドリンクを飲む意味がないのかというと、そんなことはありません。もし、効果を感じられないなら、とっくに世の中から姿を消していると思います。

発酵させて吸収されやすい栄養を補給するドリンクとして性能がよいのです。

まとめ

酵素サプリ、酵素ドリンクといったいわゆる酵素食品は、1945年(昭和20年)頃からつくられ始めました。もともとは、酵素農法に使う堆肥を早く発酵させるためのもとだねを中心とした「たね」がルーツです。

果実を中心に野菜などから砂糖を使って抽出したエキスを発酵させた「たね」は、最初から酵素と呼ばれていました。その呼び方が現在まで続いています。

酵素を人が飲むことで期待される効果は、食べたものをお腹の中でよく発酵させること、そして、酵素自体、たくさんの原材料が分解されたものなので、吸収されやすい栄養を補給することができることです。

飲むと元気がでるわけです。

植物酵素について詳しくお知りになりたい方は、まず、酵素について知りたいならまず最初にこのページから読んでほしいをお読みください。

スポンサーリンク
レクタングル大