塩辛は、冷蔵ケースに入って販売されているのがよいものだと思っていました。しかし、本来、塩辛は塩分濃度を10~20%と高くして菌の活動を抑え、肝臓の自己消化酵素の働きでうま味を醸成させる食品です。低塩時代、塩辛の塩分濃度は5%程度になり、冷蔵ケースに入れなければいけなくなり熟成も進まなくなりました。しかし、食品の品質を保つにはまだ安全な濃度です。
塩辛は冷蔵ケースに入って売られているのがよいものだと思ってました
私の場合、塩辛を好んで食べるようになったのは、日本酒が飲めるようになってからです。二十歳過ぎても日本酒はなかなか好きになれなかったのですが、友人に一之蔵のしぼりたてを飲ませてもらってから急に好きになりました。
たまに塩辛を食べたくなって買います。いつも冷蔵ケースに並んでいるのを買っています。(傷みやすい)イカだから、冷蔵しているのが当たり前だと思っていました。
常温保存の塩辛は塩分濃度が高く熟成も進んでおいしくなる
しかし、中には常温保存のもあります。もう、ずいぶん前のこと、桃屋の塩辛がお店の普通の棚に並んでいて、知らなくて(ごめんなさい!)よほど保存料が効いているのかと思ってしまいました。
塩分濃度約17%は醤油、味噌と比べものにならない濃さ
桃屋のサイトを読むと、塩分が濃いので、開栓前は常温保存できるのです。もちろん、一度開ければ、後は冷蔵保存が必要です。
塩辛に最もふさわしいと言われている国産のするめいかだけを使用し、伝統的な樽仕込み製法で熟成させています。
保存料を一切使用せず、塩辛の伝統的な製法を堅持している為、塩分は約17%(濃口醤油の約1.2倍)の商品です。
いかの一次処理は、作業員が手作業で目玉や口ばし、中骨を取り除き、いかの身(胴、足)と肝臓を使用しています。裁断をしたいかは、朝晩樽を攪拌しながら15~20日にわたって熟成させています。こうする事により、わたの生臭みが無くなり、いかの旨みを充分に引き出しております。
塩辛の伝統な製法とは、塩分が17%あると書かれていました。ちなみに、醤油よりもかなり濃い。では、味噌と比べてどうかなと思いました。
少し前に書いた、米味噌、麦味噌、豆味噌の栄養成分の比較で味噌の塩分量を調べてみると、6.1~13g、つまり、塩分濃度は6.1~13%でした。塩辛の塩分はとても強いのです。
伝統食品の知恵にもこのように書かれています。
さて塩辛の作り方は、時々新聞の家庭欄でも紹介されているように比較的簡単で、細切りしたイカに肝臓と一〇~二〇%程度の食塩を加え、時々攪拌して熟成させるのが昔からの一般的な製造法で、(中略)
日本食品標準成分表2020年版(八訂)の塩辛は、塩分6.9%
ただ、現在は減塩時代です。私が若い頃は1日10gを目安になんて言われていましたが、今の目標は成人男性1日食塩7.5g未満、成人女性1日食塩6.5g未満が目標です。そんなご時世なので、漬物や醤油など塩辛いものも減塩が求められています。
日本食品標準成分表2020年版(八訂)で塩辛を調べてみると、下の表の通りです。塩辛100gあたりの塩分量は、6.9gです。これが今の平均的な塩辛なのでしょう。
塩辛 | |
エネルギー | 114kcal |
水分 | 67.3g |
たんぱく質 | 15.2g |
脂質 | 3.4g |
炭水化物 | 6.5g |
灰分 | 7.6g |
食塩相当量 | 6.9g |
※日本食品標準成分表2020年版(八訂) |
低塩分の塩辛は熟成が進まずうま味が足りない
ところで、日本海水学会誌 第72巻 第5号(2018)にあった塩蔵食品の過去・現在:塩蔵食品の特性の変化と細菌汚染と食中毒リスクを読むと、塩辛の現在の作り方と昔の作り方を対比して説明しています。
イカ塩辛は,加熱処理のされていない鮮度の良いイカ(スルメイカが多い)の胴肉と肝臓であるキモ,それに食塩のみを使用して作られている.現在では,このように作られるイカ塩辛に,好みに合わせてその他の調味料が加えられたものも開発されている.
このイカ塩辛は保冷設備がなかった時代に,腐敗の進行が早い魚介類を長期間保存するために作り出された塩蔵食品,伝統食品である.イカ塩辛の製造方法の中でも,伝統的なイカ塩辛はイカの重量の 15 %程度の食塩を加えて,イカの腐敗を防ぎながら,イカの肝臓に含まれる自己消化酵素の働きにより,うま味を醸成させる食品である.
一般的に,イカ塩辛の塩分濃度が 10 %以上では腐敗菌や食中毒菌の増殖が抑制され,常温保存が可能となる.
しかし近年,健康志向の高まりから食品の減塩化及び低塩分化がすすみ,日本国内で製造及び販売されているイカ塩辛の大半は塩分濃度が 5 %前後のものとなっている.
このタイプのイカ塩辛は,塩辛さが減り,口当たりが良いことから,幅広い世代に受け入れられている.
これら両タイプのイカ塩辛の保存性についてみてみると,伝統的な製法で作られている高塩分のイカ塩辛は常温保存が可能であるのに対して,低塩分のイカ塩辛は冷蔵保存しなければならない.これは,食品の低塩分化による保存性の低下のためである.
さらに,高塩分のイカ塩辛では常温保存条件下で長く醸成させることにより,塩辛本来のうま味が増す一方で,低塩分のものではその醸成が不十分であるために,うま味が足りず,そのために調味料が加えられている.
減塩した塩辛は、塩分が少なくなって口当たりがよくなったのはよいですが、熟成が進まずうま味が乗らない。また、塩分濃度が10%を切ると、腐敗菌や食中毒菌の増殖が心配である、とも読めます。
塩分濃度5%ぐらいだと問題が生じるのかどうか気になります。
低塩分の塩辛は菌に汚染されやすいのだろうか?
イカ塩辛における塩分濃度と腸炎ビブリオおよび一般細菌の汚染との関係という論文が見つかりました。
どうも過去にイカの塩辛が原因の食中毒事件が起こっていたようです。
2007年9月,宮城県の水産食品加工業者が製造したイカ塩辛による大規模な腸炎ビブリオ食中毒が,関東9都県の広範囲にわたって発生し,患者数が620名と報告された.
腸炎ビブリオは,海洋性で好塩性のグラム陰性細菌で,増殖速度が極めて速く至適条件下では10分以内に分裂し増殖する.また本菌の生育には0.5~8%の塩分が必要であり,その生息域は海水中および汽水域である.
その活動は水温が15℃以上で活発になるため,わが国では主に夏に分離され,夏の食中毒原因細菌として知られている.
腸炎ビブリオが生育するには、0.5~8%の塩分が必要であると書かれています。日本国内で製造及び販売されている塩辛の大半は塩分濃度が 5 %前後ということでしたから、気になります。
低塩分の塩辛は腸炎ビブリオに汚染されておらず、腸炎ビブリオを接種しても増殖しなかった
そこでスーパーで市販されている塩辛6種類と、家庭で一般的に作られている自家製塩辛について、塩分濃度と、腸炎ビブリオ汚染があるかどうか、また、一般細菌数を調査し、最後にその塩辛に腸炎ビブリオを接種して増えるかどうか実験されました。
塩分が10%を超えるものは別として、それ以外は、実測塩分濃度が3.9~6.0%でした。
実験結果は次のようになりました。
市販の低塩分および高塩分イカ塩辛および自家製低塩分イカ塩辛において,腸炎ビブリオの汚染と一般細菌数の変化を検討した.
いずれのイカ塩辛においても,腸炎ビブリオの汚染は確認されなかった.
市販品および自家製の低塩分イカ塩辛を25℃で培養すると一般細菌数が48時間で1,000倍近くまで増加したが,高塩分のイカ塩辛では一般細菌数は一定に維持されていた.
それらのイカ塩辛に腸炎ビブリオを接種して,その増殖を検討したが,どのタイプのイカ塩辛においても,腸炎ビブリオの菌数の増加は見られず死滅した.
本研究において低塩分のイカ塩辛でも腸炎ビブリオが死滅したことから,その生育および増殖の要因としてイカ塩辛の塩分濃度だけでなく,水分活性や添加物の影響も検討する必要があると考えられた.
市販品は多少なりとも添加物が入っているのでともかく、自家製の塩辛でも腸炎ビブリオが死滅したと書かれています。
自家製塩辛はこのように作られています。スルメイカと塩だけです。
自家製のイカ塩辛(低塩分)については,スルメイカを購入し,その胴肉,肝臓および食塩を使用し,保存料,調味料および着色料は添加せずに,調理して作製した.
NOTE
食品を保存するには、塩を足す、砂糖を足す、乾燥させるのがよく使われる方法です。塩分濃度17%と聞いても、ピンと来ませんが、濃口醤油が12%程度、味噌が6.1~13%程度と知ると、そのしょっぱさが想像できるようになります。
17%程度になると、菌は働かなくなりますが、肝臓に含まれる自己消化酵素によって熟成が進むというのが面白い。
よくそんなことを発見したなと思います。
そして、塩分濃度が 5 %前後の塩辛は冷蔵保存する必要があるため、熟成が進まないといわれているものの、腸炎ビブリオを接種しても増殖できない濃度なので、メーカーはよく試験して品質を維持しているんだなと思いました。
食べ物について調べると、日本のメーカーの品質管理の優秀さをいつも感じます。