鮒ずしは1度しか食べたことがない

鮒ずしなど馴れずしは、東北タイとラオスにルーツがあるそうです。ゲンゴロウブナ、ニゴロブナを塩漬けにして3ヵ月~1年寝かせて、よく洗い、今度は米飯を詰めて、空気に触れないようフタをして1年寝かせます。乳酸発酵し、できた短鎖脂肪酸とアルコールとそれらのエステルが香り成分となり、乳酸が酸味をタンパク質の自己消化で旨味が生まれます。

ふなずし

鮒ずしは1度しか食べたことがない

鮒ずし、私は多分、今まで1度しか食べたことがありません。大津に行った妻が買って来ました。好きか嫌いかと聞かれたら、正直好きではないです。しかし、発酵食品の中では玄人受けするものとして、必ずといってよいくらい登場します。

調理科学/5巻(1972)4号「ふなずし」にはこのように書かれています。

近江のふなずしは,古代に行われた馴れずしの製法をそのまま受け継いで作られたもので,今日の寿司の概念とはおよそ異なるものである。大津駅のホームで,「びわ湖名産ふなずし」の呼び声につられてすし弁当のつもりで買ったら大変,あけてびっくり腐ったような異臭のするみにくい姿をした魚体があるだけである。

今は駅のホームで声をかけて弁当を売る時代ではなくなったので、少し懐かしく読みました。

そもそもなぜあのような特有のにおいを持ったものが作られるようになったのでしょう。

馴れずしの発祥地はメコン川をはさんだ東北タイとラオスのあたりらしい

馴れずしにはこのように書かれていました。

馴れずしの発祥地はメコン川をはさんだ東北タイとラオスのあたりらしい。その根拠として石毛らは,①馴れずしをつくるためには魚と米が必要であるが,その地域には淡水魚業と水田稲作がセットになったくらしがあるということ。また,水田稲作ができる温暖湿潤な気候で,馴れずしの発酵にむいていること。

②馴れずしをつくるためには塩が必要であるが,そこでは内陸産の塩の入手が容易であったこと。

③昔も今もこの地域では,食生活の中で馴れずしが大きな位置を占めていることなどをあげている。その馴れずしが日本に伝わったのは,稲作が伝わった頃とするのが妥当であろう。伝播経路としては,発祥地から中国を経て,日本へ何らかの方法で伝わったとする説を支持したい。

脚注を見ると、この説は、魚醤とナレズシの研究―モンスーン・アジアの食事文化という本に書かれているそうです。私は残念ながら読むことができませんでした。

ご興味がある方は探してみてください。

鮒ずしの作り方

鮒ずしの作り方は、伝統食品の知恵にはこのように書かれていました。

最初に原料のゲンゴロウブナ、ニゴロブナを塩漬けにして、3ヵ月~1年後取り出し、よく水で洗ってから、米飯を詰めて桶に漬け込み1年寝かします。かなり時間がかかります。

原料魚としては、一般にゲンゴロウブナ、ニゴロブナが用いられる。商品向けには、漬け上がりのころに卵が美しい朱色に変化して重宝されるため、三月終りから四月終りにかけての子持ちブナが用いられる。(中略)

まず包丁でウロコを取り除いたのち、腹を割らないでエラ蓋を開けてエラを取り、そこから先を曲げた針金で、卵巣をつぶさぬようにして内蔵を除去する。これを「壺ぬき」といっている。魚卵は体内に残したまま腹腔へ食塩を詰め込み、それを桶に並べて食塩をかぶせ、切りわらを少し混ぜて何層にも重ねた状態で重石をして塩漬けする。この作業を「塩切り」と呼んでいるが、これは塩で水切りをするという意味であろう。

約三ヵ月~一年してから取り出し、塩を全部洗い出す。この時、腹の中、表皮、エラ蓋の裏などを丁寧に洗い、ざるに上げて水をきる。この時丁寧に洗うことが臭み抜きのコツという。

次に少し塩を混ぜた米飯を、卵をつぶさぬように注意してエラ部から魚の腹へ詰めた後、桶に米飯と魚を層状に交互に漬け込む。重石をして二日後くらいに塩水を張り、この状態で夏を越して約一年間熟成させる。

こういうのは画像がないと分かりにくいです。ネットで探しました。長浜くらしノートに鮒ずしの漬け方紹介というページがありました。

鮒ずしの漬け方紹介 - 長浜生活文化研究所(長浜暮らしノート)
鮒ずしの漬け方を紹介。教えてもらったのは、尾上漁港で毎年8月に行われる朝日漁業協同組合主催の漬け方講習会です。 同漁協が使う、鮒ずしになる琵琶湖固有種「ニゴロブナ」は、3月~5月頃水のきれいな琵琶湖沖合で捕ったもので、子もしっかり持ち、身も...

鮒ずしのにおいはくさい短鎖脂肪酸とアルコールとエステル

先ほどの馴れずしにはこのように書かれていました。

ニゴロブナを塩と米だけで漬けた場合,ふなずし製造中に増加する主要香気成分は,カプロン酸(ヘキサン酸),酪酸(ブタン酸),酢酸などの酸類とブタノール,ヘキサノール,エタノールなどのアルコール類およびヘキサン酸エチルで,主としてこれらがふなずし特有の香気を形成していると考えられる。

表がありましたので書き直して載せます。これを見ると変化がわかりやすいです。

ふなずし製造過程における主な香気成分の変化(ppb)
塩漬けニゴロブナ ふなずし
全香気成分 3090 34090
アルコール類
エタノール 157 296
ヘキサノール 11 481
ブタノール 1758
酸類
酢酸 56 907
酪酸(ブタン酸) 7654
カプロン酸(ヘキサン酸) 24 21172
エステル類
ヘキサン酸エチル 206
※日本調理科学会誌Vol.32No,3(1999)「馴れずし」より

脂肪酸とアルコールとエステル

主要香気成分として紹介されたものは、脂肪酸とアルコールと、脂肪酸とアルコールが結合したエステルです。

カプロン酸、酪酸、酢酸は、短鎖脂肪酸です。脂肪酸は炭化水素鎖の端にカルボキシ基(-COOH)がついたものです。もともとは、魚の脂肪が分解され、できた脂肪酸がさらに短く切られてできます。

構造式を書きました。同じ構造で長さが違うだけだと見ておわかりになると思います。

鮒ずしの脂肪酸

これらの脂肪酸は、脂肪酸の中でも短い、短鎖脂肪酸と呼ばれるものです。特徴は、「くさい」こと。どんなくさいにおいなのかは、短鎖脂肪酸はクサイという記事にまとめてありますので、ぜひ、読んでみてください。

生乾きのシャツのにおい、お父さんの脱いだ靴下のにおいなんて出てきます。ヒトにも関係があります。汗に混ざった皮脂が分解されるとにおってきます。

一方、ブタノール、ヘキサノール、エタノールはアルコールです。エタノールが、お酒のアルコールです。こちらも構造は同じで、炭化水素鎖が長いか短いかだけの違いです。

鮒ずしのアルコール

そして、最後のヘキサン酸エチルは、脂肪酸のヘキサン酸(カプロン酸)とエタノールが結合したエステルです。

ヘキサン酸エチル

くさい短鎖脂肪酸とアルコールが結合すると、果実のような香りになります。この香りは日本酒の吟醸香と呼ばれているものです。吟醸酒を口に含むとよい香りがします。

鮒ずしの味は乳酸発酵と自己消化による

鮒ずしを口に入れると、においの他にまず感じるのは酸味です。これは鮒ずしが乳酸発酵してできているからです。また、タンパク質が自己消化され、アミノ酸が増えて味になります。

酸っぱいのは乳酸

調理科学/5巻(1972)4号「ふなずし」にはこのように書かれています。乳酸発酵することで保存性が高くなります。

乳酸発酵の基質として最良のものは糖質であり,本漬に米飯を使用すること昔の人もよく考えたものであると思う。魚体を米飯中に埋没しておくと乳酸発酵が顕著になり,米飯の酸度は著しく高められ,すっぱくて口にすることが出来ないほどである。

本漬けとは米飯の乳酸発酵によって出来た酸性で雑菌の繁殖を防止し,かつ殺菌もする方法である。乳酸発酵を促進し,酸度を一層高めるためには米飯の使用量の多いほどよく,発酵を妨げる塩分はできるだけ少なくしておくことが必要である。

乳酸菌は通性嫌気性で空気を遮断した,空気のない所でよく発育し,その適温は35℃付近である。従って盛夏の気温はこの発酵に適し,米飯中には空気のはいるすき間がないように密閉して埋没しておかねばならない。

表があったので一部書き写します。見ていただきたいのは、乳酸です。鮮魚と、塩漬、すしを比べると、ご飯を詰めて発酵させたすしで乳酸が多くなっています。

ふな筋肉の成分変化
鮮魚 塩漬 すし
開始月日 6月1日 7月20日
(50日)
11月4日
(107日)
成分 乾量計算
乾量計算
乾量計算
水分 80.45 53.31 63.89
粗蛋白 16.49 84.4 28.48 60.98 25.09 69.48
粗脂肪 1.7 8.69 3.78 8.09 4.5 12.48
灰分 1.27 6.5 14.31 30.65 4.53 12.56
乳酸 0.008 0.04 0.025 0.053 1.1 3.04
※調理科学/5 巻 (1972) 4 号「ふなずし」

自己消化でタンパク質がアミノ酸に変わる

馴れずしでは主に飯漬け中に,魚肉に含まれる酵素カテプシンDにより,筋肉の筋原繊維タンパク質が分解され,アミノ酸等が生成され熟成する。

一方,飯からは乳酸菌等や酵母により,種々の有機酸やアルコール類が生成される。酸とアルコールはさらにエステルにも変化し,これらが味やにおいのもとになると考えられる。(中略)

ふなずしの味は食塩と発酵による酸が主なものであるが,それにグルタミン酸の旨味とグリシン・アラニンの甘味が加わり,さらにコハク酸の旨味も加わることにより形成されていると考えられる。

グルタミン酸は、コンブの旨味成分として知られています。コハク酸は貝類の旨味成分として知られます。

馴れずしの主な呈味成分(mg/100g)
ふなずし
(魚肉部)
試料1 試料2 試料3
遊離アミノ酸
グルタミン酸 21.2 131.2 62.7
グリシン 18.8 43.6 35.5
アラニン 45.8 171.5 106.4
有機酸
コハク酸 8.5 16.8 11.8
核酸関連物質
イノシン酸
※日本調理科学会誌Vol.32No,3(1999)「馴れずし」より

NOTE

クサイものは慣れるとクセになるといいます。初めてにおいを嗅ぐと、「これ、腐っているんじゃないか」と思うのですが、慣れると好きになるんだとか。私は1度しか食べたことがないので、わかりません。

ためしてみますか?

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