江戸味噌は、1~2週間で出来上がる味噌で、甘味があるのが特徴です。米麹が甘くなるのは甘酒と同じです。甘さでごまかした味噌なのかと思っていましたが、タンパク分解率は23%から文献によっては30%の記録もありました。味噌の中ではタンパク分解率は低いですが、わずかな時間で味噌になります。米麹が多く、仕込みの温度が高いので、早く分解されるのです。
八丁味噌は出来上がりまで2年、江戸味噌は出来上がりまで1~2週間、この違いはなんだろう?
豆味噌の代表、八丁味噌はできあがりまで2年かかります。一方、米麹を使った米味噌の中でも、米麹の割合が大きい、江戸味噌は、1~2週間で出来上がります。
江戸味噌は、日持ちしないのが特徴で、酸っぱくなってしまうそうです。(冷蔵庫に入れておけば別だと思いますが)
今の時代、発酵食品は長期熟成したものの方が価値があると思われていて、私もそう思って来ました。
江戸味噌は、米麹をたくさん使うので、糖ができて甘くなります。米麹とごはんから甘酒を作ったことがある方ならよく分かる話です。江戸味噌は、甘さでごまかしていて、大豆があまり発酵していない味噌なのだろうか?と何となく思っていました。
しかし、2年くらい前から、タニタの丸の内タニタ食堂の減塩みそを買うようになってから考えが変わりました。とてもおいしいからです。
この味噌は江戸味噌のような作り方をしているのかどうか?マルコメのお客様相談室に電話で聞いてみましたが、詳しくは教えてもらえませんでした。
ちなみに江戸味噌は褐色の味噌ですが、タニタの味噌は白みそよりは濃く、赤味噌よりは薄い色をしています。作り方が少し違うのは確かです。
しかし、大豆の重量の2倍の米麹を使う20割麹の味噌は、長期間熟成する味噌ではないことも確かなことです。ゆでたり蒸した大豆を食べるのとは違う、アミノ酸のうま味を感じます。
江戸味噌はどのくらい大豆のタンパク質を分解しているのだろう?
江戸味噌は、原料の大豆がどの程度分解されているのか?また、その他の熟成期間が長いタイプの味噌と比べてどの程度違いがあるのか?知りたいところです。
日本醸造協会誌/86 巻 (1991) 2 号の記事味噌保存中の成分変化と賞味期間には、米味噌、低塩米味噌、麦味噌についてこのように書かれていました。江戸味噌は、この中では、低塩米味噌に分類されます。
米味噌
実験に用いた味噌は食塩11.6%,糖分解率(直接還元糖の全糖に対する割合)は75.7%,タンパク溶解率(水溶性窒素の全窒素に対する割合)は62.5%およびタンパク分解率(ホルモール窒素の全窒素に対する割合)は24.5%であった。
低塩米味噌
実験に用いた味噌は食塩9.4%,糖分解率81.8%,タンパク溶解率64.8%およびタンパク分解率23.0%であった。
麦味噌
実験に用いた味噌は食塩10.3%,糖分解率78.8%,タンパク溶解率58.8%およびタンパク分解率25.0%であった。
どうやらタンパク分解率が求める数字のようです。ラインマーカーを引きましたが、ホルモール窒素とは何でしょう?
ホルモール窒素は発酵で分解されたタンパク質の窒素量を知ることができる
ホルモール窒素とは、アミノ酸あるいは水溶性の性質を持つかなり低分子のペプチドの窒素量のことです。タンパク質が発酵して分解されたものと考えることができます。
ホルモール窒素は、鹿児島県工業技術センターのサイトで説明されていました。醤油では全窒素とホルモール窒素を分析していると聞きます。その意味を教えてください。という記事です。
アミノ酸は窒素を含むアミノ基を持っていることから,窒素をターゲットとして分析することでタンパクまたはペプチドについての情報を得ることが出来ます。食品の窒素に関する分析項目としては全窒素とホルモール窒素があります。
全窒素は,一般的にケルダール法で分析され,アミノ酸をはじめとする高・低分子ペプチドを構成する窒素の総量を求めることが出来ます。
一方,ホルモール窒素はアミノ酸あるいは水溶性の性質を持つかなり低分子ペプチドの窒素量を求めることが出来ます。
全窒素に加えてホルモール窒素を分析することで,食品の特徴づけを行えるばかりでなく,ホルモール窒素と全窒素の割合を調べることで,タンパクの分解の程度を把握できることから,発酵食品では重要な分析項目の一つとなっています。
どうやらホルモール窒素を知ることができれば、味噌がどのくらい発酵しているのか分かるようです。
タンパク分解率が23~25%くらいで味噌が完成
味噌保存中の成分変化と賞味期間では、米味噌、低塩米味噌、麦味噌だけしか書かれていないですが、ホルモール窒素の全窒素に対する割合が23~25%くらい。平たくいうと、味噌の全タンパク質の中に、低分子に分解されたペプチドやアミノ酸が23~25%になると味噌が完成するということです。
江戸味噌は、この味噌の分類の中では、低塩米味噌になります。わずか1~2週間でできあがる味噌でも、タンパク分解率が23%程度あるということになります。
しかし、はっきり「江戸味噌」と書かれたデータが知りたいところです。さらに、もっと多くの種類の味噌について知りたいので、論文を探しました。
江戸味噌のタンパク分解率は30%くらい
栄養と食糧/17 巻 (1964-1965) 5 号にあった大豆およびその加工食品の水溶性窒素についてという論文を発見しました。かなり古いです。1964年は、昭和39年です。昔の東京オリンピックが開催された年です。
この中では、江戸味噌、信州山吹味噌、信州甘味噌、佐渡味噌、名古屋味噌について全窒素、水溶性窒素、ホルモール窒素の量について表に数字がありました。それで、一部切り抜いた表を載せます。
まずは、下の表をご覧下さい。
タンパク分解率が、もともとの表にはなかったので、「ホルモール窒素の全窒素に対する百分率%」として私が計算して、数字を入れました。
江戸味噌は、29.3%あります。タンパク分解率は、だいたい30%と考えてよいと思います。
表の中で「抽出された窒素量」とは水溶性窒素のことです。
各種大豆食品の窒素分析表(試料:4g) | ||||||
抽出され た窒素量 mg | 全窒素 mg | 抽出され た窒素の 全窒素に 対する抽 出率 % | ホルモー ル窒素 mg | ホルモー ル窒素の 抽出全窒 素に対す る百分率 % | ホルモー ル窒素の 全窒素に 対する百 分率 % | |
大豆Ⅰ | 19.60 | 135.80 | 14.4 | 5.46 | 27.8 | |
大豆Ⅱ | 14.35 | 138.35 | 10.4 | 3.50 | 24.4 | |
大豆Ⅲ | 41.30 | 208.20 | 20.0 | 6.30 | 15.3 | |
大豆Ⅳ | 25.20 | 249.98 | 10.4 | 12.88 | 51.1 | |
大豆Ⅴ | 26.60 | 254.76 | 10.4 | 8.96 | 33.7 | |
江戸味噌 | 46.20 | 74.49 | 62.0 | 21.84 | 47.3 | 29.3 |
信州山吹味噌 | 44.10 | 82.74 | 50.3 | 30.52 | 69.2 | 36.9 |
信州甘味噌 | 43.75 | 77.90 | 56.2 | 26.74 | 61.1 | 34.3 |
佐渡味噌 | 54.95 | 87.35 | 62.9 | 37.80 | 68.8 | 43.2 |
名古屋味噌 | 84.35 | 120.19 | 70.2 | 49.70 | 58.9 | 41.4 |
※「大豆およびその加工食品の水溶性窒素について」より一部改 |
味噌の全窒素は合わせた米麹の量を反映しホルモール窒素は熟成期間を反映する
さて、まず味噌の種類について見ていきましょう。
信州山吹味噌とは、商品名のように感じますが、信州味噌を知るを読むと、山吹色(黄色)は、信州味噌の特徴です。
佐渡味噌は、ウイキペディア佐渡味噌によるとこのように書かれています。
米味噌の赤色系辛口に分類され、長期熟成によって作られる。大豆に対して米を60 – 80%配合し、塩分濃度は13 – 14%となる。発酵によって得られる芳香が大豆由来のうま味、米由来の甘味や酸味などと調和し、飽きにくい味を形成するとされる。
名古屋味噌は八丁味噌のことを指していると思います。
味噌の全窒素を見比べると、江戸味噌が一番少なく、名古屋味噌が一番多いです。これは、使っている米麹の量を反映しています。江戸味噌は米麹使用量が一番多く、名古屋味噌は豆だけが原料の味噌です。
そして、ホルモール窒素を見ると、熟成期間の長さを反映していると分かります。一番短い江戸味噌が小さく、一番長い名古屋味噌が大きくなります。
蒸した大豆は、タンパク質がわずかに分解され水に溶けるようになる
表の中には、大豆Ⅰ~大豆Ⅴまであります。それぞれ蒸す、あるい加圧しながら蒸す(オートクレーブの場合)、さらにメタノール、ブタノールといったアルコールに浸したものについて調べられています。
大切なことは、大豆を蒸すと、多少タンパク質が分解され水に溶けるようになることです。それだけ知っておけば十分です。
また、味噌と比較して大豆の方が全窒素が多いのは、味噌には米麹が入っているからです。名古屋味噌だけは豆味噌なので、ほぼ、大豆と遜色ない量になっています。
念のため大豆にどんな処理をしたか書いておきますが、深く掘り下げる意味はありません。
- 大豆I:大豆を常圧水蒸気で4時間蒸したもの。
- 大豆II:大豆Iをさらに120℃、 20分間、オートクレーブで加熱したもの。
- 大豆III:未処理大豆を、120℃、20分間、オートクレーブで加熱したもの。
- 大豆IV:大豆を常圧水蒸気で4時間蒸し、さらに、1時間、30℃でメタノールにひたしたもの。
- 大豆V:大豆を常圧水蒸気で4時間蒸し、さらに1時間、30℃でブタノールにひたしたもの。
蒸した大豆の抽出された窒素量とホルモール窒素の数字があったことで、味噌と比較できるのがよかったです。
蒸した大豆と発酵した味噌を比べると味噌の方がホルモール窒素がずっと多い
蒸した大豆は、抽出された窒素量とホルモール窒素とも味噌に比べると少ないです。明らかに、発酵させた味噌の方が、タンパク質が分解されていることがわかります。
味噌の中でホルモール窒素が一番少ない江戸味噌でも蒸した大豆に比べればずっと多いです。江戸味噌は1~2週間で出来上がる味噌ですが、大豆のタンパク質が分解されていることが分かります。
江戸味噌は味噌の中ではホルモール窒素が一番少ない
とはいうものの、江戸味噌は表に出てくる味噌の中では、ホルモール窒素が一番少ない味噌です。
やはり、発酵熟成期間が短い味噌は、アミノ酸や水溶性の性質を持つ低分子ペプチドの窒素まで分解される量は少ないということが分かります。
表のホルモール窒素の数値が大きいのは「時代」を反映しているのかもしれない
さて、前の段落では、ホルモール窒素/全窒素の割合が、23~25%になると味噌が完成するということでしたが、こちらでは、一番小さな江戸味噌でも29.3%です。味噌全体のタンパク分解率は、ざっくり30~40%といったところでしょうか。
ずいぶん数字に違いがあるなと感じます。なぜなんだろう?と少し考えましたが、これは時代のせいかもしれません。
何しろ1964年(昭和39)と1991年(平成3)では、だいぶ様子が違います。昔の記憶をたぐり寄せると、味噌は、「はかり売り」だったと思います。もちろん、お店の中に冷蔵庫や冷蔵ケースなんてほとんどありません。
一方、1991年は、現在とほとんど変わりません。家庭には冷凍庫がついた冷蔵庫が当たり前にあり、お店では冷蔵ケースや冷凍庫もありました。味噌はパックされ脱酸素剤もガス抜きの穴もついていました。
1964年の表のホルモール窒素の数値が大きいのは、「市販品」の味噌が買い集められた時に、店頭で熟成がさらに進んでいたということなのかもしれません。
米麹が多い味噌は発酵が早く進む
江戸味噌や甘味噌は、米麹を多く使うので、甘味があるといわれます。甘くなるのは麹カビが米のでんぷんを分解して糖にしているからです。甘酒や塩麹を作るときは、60℃くらいで保温します。その方が、麹がアミラーゼをたくさん作るからです。
ところが、麹はタンパク質を分解するプロテアーゼも作ります。温度が室温くらいだとプロテアーゼをたくさん作ります。麹は機械ではありません。温度によってどちらかしか作らないなんてことはありません。
これは、麹が生きていくためにやっていることで、ヒトのためにしてくれているわけではありません。麹が栄養を摂って増えれば、さらに酵素量が増えて、発酵が進みます。
もともと、米麹を多く使う味噌は、米を糖に変えながら、タンパク質も分解していくので発酵が進むのです。
タンパク質ばかりだと発酵が進まない
以前、たまり醤油とは大豆と塩が原料で1年熟成させるを書いた時、丸大豆でなく脱脂大豆を使ってたまり醤油を製造する場合、わずかに炒り小麦を混ぜることを知りました。
その理由は、でんぷんが発酵の促進源になるからです。つまり、脱脂大豆というタンパク質ばかりの原料だと発酵が進まないのです。
“たまりしょう油”には澱粉原料の使用は少ないが澱粉原料の使用は先に述べたように種こうじの増量用ばかりでなく,味噌玉の成型を助けて製きくを容易にし,仕込後も発酵の促進源となり,原料利用率を向上するなど大きな役立てをする・・・
これが、八丁味噌は出来上がりまで2年かかるのに、江戸味噌は出来上がりまで1~2週間しかかからない理由の一つでしょう。
八丁味噌はでんぷんが少ないので発酵が進みにくいのです。その代わり、長い時間かかった分、体によいといわれるメラノイジンが多い味噌になります。
NOTE
味噌が味噌の味になるには、タンパク質の23~25%程度がアミノ酸や低分子のペプチドに分解される必要があります。
そのスピードは、大豆と一緒に仕込まれる米麹の量によって変わります。米麹が多くなると早くなります。
さらに、江戸味噌のように仕込む時の温度が高いとさらに早くなります。歴史的に味噌は豆味噌の方が古く、米麹を合わせた味噌は、その後にできたものなので、早くできておいしくできることで改良されていったのでしょう。
江戸味噌を買ってきて、ためしてみなくてはと思っています。