味噌づくりに麹を使うのは風味をよくするため?

味噌づくりに麹を使うのは、大豆のタンパク質を分解する酵素があるから必要なのだと思っていました。ところが、韓国の味噌玉メジュは種麹を使わず、ワラを敷いて保存するので、カビもつきますが納豆菌などバチルス属の桿菌もつきます。そのことを知ると、日本の味噌が豆味噌でも米麦味噌でも麹を使うのは、納豆菌を排除して、風味を洗練させるためではないかと思うようになりました。

幻のアフリカ納豆を追え!を読んだ

高野秀行さんの幻のアフリカ納豆を追え!を読みました。

この本はアフリカと韓国の納豆を追うことがテーマです。韓国編がとても興味深かった。

とても面白いことが書かれていました。味噌玉には納豆菌がつきやすく納豆菌も味噌玉の発酵に関係しているという話です。

少し前に、味噌玉作りは大豆に麹をつけるための方法という記事を書きました。味噌玉をつくるのは枯草菌(Bacillus)対策が目的だという話なのですが、自然環境では思った通りに麹だけ集めるのはとてもむずかしいことです。

この話のおかげで、味噌に麹を使う意味がわかるような気がしてきました。

味噌玉には納豆菌もつく

納豆菌は枯草菌の一つです。味噌玉をつくると納豆菌もつく。韓国では納豆菌も利用するという話です。この本は2020年発行の本ですから、現在の韓国での話です。

メジュはこれまでの取材で、何度か話題に出てきた。辞書や専門の本を読むと「味噌玉」と書かれている。カビの一種であるコウジカビ(麹菌、学名Aspergillus)で発酵させるともある。

日本の味噌も大豆をコウジカビで発酵させたものだ。日本の北陸や中部地方では豆味噌を造り、そのとき軒先に味噌を吊して寒風にさらすが、韓国でも同じことをするらしい。

日本ではそのまま味噌にするが、韓国ではハガリ(注:壺のこと)に入れて発酵させる。すると、上は液体、下は固体に分離する。液体はカンジャン(醤油)、固体はテンジャン(味噌)になるという。また、メジュからコチュジャン(唐辛子味噌)もつくられる。(中略)

「メジュはカビとバチルス(納豆菌)の二つが作用して発酵します」メジュはワラで外に吊す。ワラについた納豆菌が中から発酵し、表面はカビ(黄麹カビ)が発酵する。両者の発酵でメジュができる・・・。なんと!チョングッチャン以外のあらゆる麹菌系・醤類の素だと思っていたメジュは「ある程度は納豆」だったのだ。ということは、メジュから作られるカンジャン(醤油)やテンジャン(味噌)、コチュジャン(唐辛子味噌)も「ある程度は納豆」と言える。隠れキリシタンならぬ「隠れ納豆食品」なのだ。チョングッチャンと他の醤類が相容れるわけだ。どちらも納豆のバリエーションなのだから。

絶句してしまった。すべての黒幕は納豆だったのか。(中略)

だいたい、あとでネット検索したら情報はいくつも出てきた。ウィキペディアでも「メジュはオンドルパン(オンドル部屋)のような暖かい部屋に置いてカビが生えるまで待ち、藁でくくって冬の間部屋に吊り下げ、枯草菌(こそうきん Bacillus subtilis 納豆菌などの仲間)による発酵が進むようにする」と書かれていた。今さら衝撃である。

半ば呆然としながらスンチャン醤類を後にした。移動する車の中で、カンさんに、「メジュは納豆みたいな匂いがします?」と聞くと、「ああ、しますよ。表面はネバネバしてますしね」とあっさり返された。(中略)

納豆はすべての大豆発酵食品の黒幕だった可能性が出てきてしまった。納豆が複雑化したものが最初期の味噌や醤油なのかもしれない。少なくとも韓国の醤類を見れば、そういう道筋がはっきり見て取れる。

その後、麦や米を利用して納豆菌を使わない味噌が誕生し、中国で広まり、日本にはそちらの味噌だけが入ってきたのかもしれない。いや、もしかすると昔は日本にもメジュがあったという可能性も否定できない。やがて他の味噌に淘汰されてしまったのかもしれない。

チョングッチャンはウィキペディアチョングッチャンを見ていただければ、説明のほか、画像もあります。これは納豆ですね。

メジュの画像を探したら、世界一の醤油をつくりたい 湯浅醤油有限会社 社長 新古敏朗のブログの中に、韓国のテンジャン(味噌)の生産地に訪問という記事がありました。画像はきれいで記事も面白いです。

さて、この話を読んでからネットで調べてみるとたまり麹-すぐれて特異的な, この『みそ玉』麹の一面という論文が見つかりました。

この中にもメジュが出てきます。

メジュと納豆菌がいる稲わらを交互に重ねる

麹室ではメジュと稲わらを交互に積んでいます。稲わらには納豆菌がいます。納豆菌を積極的に利用しようと考えているのでしょう。

木型から押し出した『みそ玉』は,両手で持って作業台の天板に軽くたたきつけながら角を丸くなおしたのち,乾燥器の棚の上にきれいにならべてゆく。2日間ほど乾燥して表面がすこし固くなったものを麹室へ移す。(中略)

麹室は奥行きの細長い部屋で,その両側にある木製の棚の上に,乾燥器から出したメジュと稲のわらを交互につみかさねて約20日間おく。種麹などは全く使用しない。こうしてでき上がったメジュは(写真7注:省略) に示すようなものである。

麹室のなかヘー歩入ると強いアンモニア臭が鼻をつく。写真7のようにメジュの中心部は黒色に近い茶褐色で,一目でBacillus群の細菌によるものとわかる。この茶褐色部分の周囲に白かびらしいものが見られるが,麹菌の胞子らしぎものは全く見当たらない。

「麹室に入ると強いアンモニア臭が鼻をつく」と書かれています。これは(ちょっと古くなった)納豆のにおいではないですか?

日本の麹室では考えられないことですね。

一方、日本では味噌玉はどのように扱われるか、同じたまり麹からです。

日本の味噌玉は麹をつけて繁殖させ香りを悪くするBacillus群の繁殖を防ぐ

日本の味噌玉は、納豆菌を始めするBacillus群の繁殖を防いでできるだけ麹を繁殖させることが目的です。韓国のメジュでは種麹を使用しませんが、日本では味噌玉に麹を接種します。

麹菌はまず『みそ玉』の表面で発芽して繁殖をはじめ,表面を菌糸がおおうころから内部へむかって侵入,いわゆる”はぜ込み”を開始する。(中略)

『みそ玉』の有機酸については,昔からいろいろとその重要性が言い伝えられ,特に乳酸のでき具合が「たまり」の品質を左右すると言われている。そのため,製麹操作をはじめてから時々『みそ玉』麹を採取してそれを割り,内部の香りおよび味を調べて製麹条件を調整することが大切であるとされてきた。

それは内部で通性嫌気性の乳酸菌が繁殖すれば,「たまり」の香りを悪くする原因であるBacillus群の繁殖を防ぎ,同時に生成した乳酸が「たまり」の味にしまりを与えるとされてきたからである。(中略)

『みそ玉』麹の乾燥とは単に水分を発散させることではなく,麹菌を『みそ玉』組織の内部深くまで繁殖させることであった。

はじめ『みそ玉』の表面に繁殖した麹菌は,表面が乾燥するにしたがって内部へ菌糸を侵入させてゆく。その際に菌糸は,『みそ玉』を造るとき,つぶれずに残った大豆の子葉はさけて,つぶれた大豆組織との間の境界にそって侵入してゆくことがわかった。

十日ないし二十日間自然に放置して乾燥した『みそ玉』麹の断面を見ると,その内部組織にできた細かい隙間にすべて菌糸が侵入し,少し大きい隙間には胞子の着生が観察された。

麹を使うと風味が洗練されるのではないか?

高野秀行さんの幻のアフリカ納豆を追え!では、韓国では、もともと納豆と味噌と醤油は醤類として同類であると書かれています。

日本の場合、醤油と味噌は同類だといわれてもそうかもしれないなと納得できます。しかし、醤油と味噌と「納豆」が同類だと思う人はいないでしょう。納豆はクサイ。古くなるとアンモニア臭もしてきます。一方、よく熟成された味噌からは、吟醸香を感じることがあります。風味が全く違います。

これは、麹を使っているからだと思います。メジュの話を読んでわかるようになりました。

もともと豆味噌は朝鮮半島から日本に入ってきたといわれます。それが奈良時代のこと。この頃の豆味噌は、メジュと変わらないものだったと思います。味は納豆に通じる味がしたことでしょう。これはこれでおいしいですけれども。

その後、平安時代の終わりには麹を木灰で単離する技術ができました。この後米味噌がつくられるようになります。このあたりのことは、豆味噌と米味噌が登場したのはいつ頃か?に書きました。

麹をたくさん使った米味噌は今の味噌のような味です。納豆とは違う爽やかな風味がします。納豆に比べると洗練された風味といってもよいと思います。

やがて豆味噌にも麹が使われるようになり、メジュのような作り方をする味噌は自家製味噌を除いてほとんど姿を消したのだと思います。

NOTE

豆味噌と米味噌の一番の違いは、熟成期間の長さでしょうか?

豆味噌は、ほぼ大豆100%の味噌なので、麹のエネルギー源となる炭水化物が足りないせいで、発酵が進みにくいのです。一方、米味噌は、使う米麹が多くなればなるほど、短期間で熟成します。

このあたりのこともう少し深く調べて記事を書きたいと思っています。

しかし、豆味噌からスタートした日本の味噌ですが、米味噌が登場した時は、豆味噌に比べて短時間ででき、風味も洗練されているので、ちょっとした技術革新みたいな感じだったんでしょうね。そう思います。

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