江戸甘味噌は、褐色の黒っぽい味噌ですが、2週間くらいでできてしまう味噌です。米麹の使用割合が高く、大豆よりたくさん使います。なぜ黒っぽい色になるか?大豆を蒸してしばらくそのままにするから色が濃くなります。50℃くらいの温度に加温しながら作るのが特徴です。
江戸甘味噌の特徴とは
日本釀造協會雜誌/63 巻 (1968) 1 号に江戸甘味噌についてという記事がありました。冒頭、江戸甘味噌の特徴が書かれています。
江戸甘味噌は多糖少塩の糖化型赤色系甘味噌で,高温仕込みのため熟成期間が短く貯蔵性が低い性質を持っている。
塩が少ない。仕込みが高温である。貯蔵性が低いと何だかマイナスに感じることが書かれています。
どんな味噌なのか見てみたいですね。アマゾンにありましたので画像を借ります。
褐色の味噌
なんと、黒に近いですね。黒い味噌は熟成年数が長いものだと思っていましたが、江戸甘味噌は例外です。
なぜ、こんな味噌が江戸時代にできたのか?このように説明されています。
徳川家康が江戸に入国(1590)すると同時に町造りを行なったが,その進行にともない全国との交流から赤味噌・仙台味噌・津軽味噌・白味噌・三州味噌・金山寺味噌・加工味噌等が売られた。
これに類したものは,当時武家屋敷以外の町全域に散在していた味噌醸造家によって造られたであろうが,徳川幕府の変遷とともに嗜好も変わり,白味噌と称される関西・中国地方の西京味噌・府中味噌等のごとく,麹からの香味を主体としたものと異なり,江戸甘味噌は大豆からの香味もマッチした独得の光沢と風味のある甘味噌として,改良洗練され一つの型ができ上った。
江戸時代には参勤交代制度があり、全国から大名が江戸に集まって来るので、各地方の味噌も集まり、その中から麹使用量の多い白味噌と色の濃い赤味噌や豆味噌の「いいとこ取り」をして江戸甘味噌ができたという感じでしょうか。
江戸甘味噌作り方の特徴
日本醸造協会誌/94 巻 (1999) 2 号にあった米甘味噌を読むと、このように書かれていました。
江戸甘味噌のほとんどが下記の範囲内にあるように造られるが,最近は麹歩合を高くして塩分を少なく仕込んだ,明るい色(Y%)のものも見られる。
- 麹歩合12~15
- 塩分%5~6
- 色(Y%)4~6
- 醸造期間1~2週間
麹歩合は大豆に対しての米麹の重量比のことです。
大豆:米麹の比率が1:1なら10割。1:1.5なら15割と表示されます。江戸甘味噌は米麹の方が多いです。記事の中で味噌サンプルの表が載せられていましたが、麹歩合18.5割というのもありました。
塩分5~6%は、通常の味噌の塩分は12%程度なので少ないです。
色(Y%)の意味が分からなかったのでネットで調べてみると、日本味噌株式会社の杜氏の真髄というページにありました。
味噌の色は、CIE(国際照明委員会)の表色系により、明るさY(%)、色相x値、彩度y値で示されます。
Y値は、数値の大きいほど色が淡くなり、y値が多いと黄味色強く、x値が多いと赤味が増すことになります。
標準的なY値は、味噌の種類によって、白味噌30~38%、淡色系味噌18~29%、赤系味噌8~14%、江戸甘味噌4~9%、豆味噌1.5~3.0%、麦甘口味噌11~22%、麦辛口味噌4~13%となっています。(新・味噌技術ハンドブック 全国味噌技術会)
この説明を読むと、豆味噌(八丁味噌のこと)ほどではないですが、かなり濃い色だとわかります。
醸造期間が1~2週間とは、実に短い。こんな短期間で味噌ができるのですね。豆味噌は2年寝かせてあのような黒い色になります。なぜ江戸味噌はたった2週間程度で褐色になるのでしょう?
大豆を蒸して色をつける
日本醸造協会誌/94 巻 (1999) 2 号にあった米甘味噌に戻ります。
江戸甘味噌は大豆を蒸して色をつけます。
味噌醸造で行われている大豆の蒸煮方法には,蒸す方法(蒸熟)と煮る方法(煮熟)があり,現在の江戸甘味噌の醸造で採られている蒸煮方法は,そのほとんどが加圧蒸熟である。
蒸熟大豆はそのまま蒸煮缶内に所定時間留めて,時々加熱しながら着色を促す(留釜)。
私は定期的に納豆を作っていて、いつも圧力鍋で大豆を蒸しているので、蒸すと色が茶色く濃く変わることは知っていましたが。江戸甘味噌は色をつけるために蒸すとは。置いておくと(留釜)もっと濃くなるのですね。
八丁味噌とは全く違う味噌
江戸甘味噌は色が黒から褐色に近いので、見た目だけなら八丁味噌に似ているように見えます。しかし、全く別の味噌です。以前、八丁味噌は他の味噌とはつくり方が違っていたという記事を書きました。
八丁味噌は大豆だけで作る味噌で、出来上がりまで最低2年はかかる味噌です。
加温(保温)して作る
なんと、江戸甘味噌は、米麹とご飯で甘酒を作る時のように加温して作るのです。
仕込み温度は,麹の糖化と大豆の着色の条件を考慮すれば55℃ 前後が望ましいが,温醸中にタンクの中心部が周辺部よりも色が濃くなる「やける」現象が起きないように50℃前後で行い,1~2週間温醸する。
熟成期間は短いが,温醸中には2トン前後の比較的小規模の仕込みの場合でも,内部の熟度に差が生じやすいので,仕込み温度と熟成室の室温管理には注意しなければならない。熟成室の室温は通常50℃ 前後である。
以前、麹の酵素は主にアミラーゼとプロテアーゼという記事を書きました。麹は高い温度に保つとアミラーゼをせっせと生産します。甘酒を作る時は60℃くらいで保温して作りますがそれと同じです。
麹はプロテアーゼといってタンパク質を分解する酵素も生産します。普通の味噌を作る時はこちらを利用するのですが、江戸甘味噌では、アミラーゼの方が重要なのです。
大豆に甘味を加えることが考えられているのです。
江戸甘味噌には酵母がほとんど必要でない
昔むかし、袋入りの味噌を放置しておくと袋がふくらんだものです。味噌の中にいる酵母が炭酸ガスを出すからです。これを「湧き」というらしいです。その説明のなかで、江戸甘味噌には酵母がほとんど必要としないと書かれていました。
再び、日本釀造協會雜誌/63 巻 (1968) 1 号にある江戸甘味噌についてからです。
商品価値を下げるのは特に酵母による湧きであるが,今熟成終了時の大桶中の酵母の分布状態の1例を挙げると,第3表(注:省略)の通りである。
これで判るように前述の中掘りにあたる中心部の酵母数は比較的少なく,湧きも他の部分より緩慢である。江戸甘味噌の場合他の辛味噌のように熟成にあたり,酵母の作用をほとんど必要としないので,製品になってからの湧きは,特に夏期メーカーに取って大きな問題である。
以前、味噌の中でも乳酸菌や酵母が活躍しているという記事を書いて、麹が米や大豆のでんぷんを糖化させ、その後、乳酸菌や酵母が出てきて、糖分を乳酸やアルコールに分解し、雑菌の繁殖を抑えたり、香りをつくる話を紹介しました。
ところが、江戸甘味噌は、ほぼ酵母は必要ないのです。つまり、江戸甘味噌とは、少し乱暴にいうと、たくさん入れた米麹の自己消化による甘味と、色が濃くなるまで蒸した大豆が多少分解されたものの混合物なのかもしれませんね。
長く持たない、腐りやすいのに好まれたのは、おいしかったからでしょう。
忘れ去られた江戸甘味噌
とはいうものの、江戸甘味噌、私はスーパーで販売しているのを見たことがありません。これは、戦時中米麹をたくさん使う醸造が禁止された影響で、江戸甘味噌は忘れ去られた味噌になっているのです。
ちなみにこの記事が書かれたのは1968年。
江戸時代から明治・大正・昭和と需要が続き,仙台味噌の最盛期の戦前でも,なお東京の味噌消費の半数は江戸甘味噌であった。
しかし戦時統制で多量の米麹を使う醸造が禁止され,伝統ある江戸甘味噌は姿を消し,統制解除後も10年間にわたるブランクは食生活,嗜好の移り替わりも加えて,江戸甘味噌の存在が消費者から忘れられ,各醸造家が需要増に努力を払っているが,まだ往時の盛況を回復するまでに至っていない。
さて、江戸甘味噌は、いまはどこで買えるのでしょう?
東京で江戸甘味噌を買えるお店
私が知っている(=買いに行ったことがある)のは坂本商店です。五反田、中野、大森、三軒茶屋にお店があります。値段も買いやすいです。

広尾には株式会社日出味噌醸造元が運営する東京江戸味噌本店があります。



亀戸と銀座には、佐野味噌さんがあります。



また、中野には、あぶまた味噌さんがあります。

こんな商品もあるんですね。江戸甘味噌カレー。確かにカレーの隠し味に味噌は有効です。私も普通の味噌をよく入れます。
NOTE
2年くらい前まで、私は甘味噌には全く興味がなかったです。北国育ちなので、赤い辛い味噌が一番だとずっと思っていました。
それが、たまたま九州の麦味噌をもらって考えが変わり、有名な20割糀の丸の内タニタ食堂の減塩みそを買ってから、もっと考えが変わりました。
今では、自分でも20割糀で味噌を作ってみたいと思っています。